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コスモロジーと出会うよろこび【編集部から】

本連載エッセイでは、人類共通の記憶の宝庫ともいうべきコスモロジー(=世界観・宇宙観)の豊かさを武澤秀一先生が探究します。
建築家である先生は、ご著書『空海 塔のコスモロジー』『マンダラの謎を解く』『神社霊場ルーツをめぐる』に見られるように、3次元の存在である建築を歴史・宗教・文化の位相のなかに捉え、塔やマンダラや神社霊場が聖なる力を帯びていく様相を明らかにされてきました。そして今年3月に刊行された新著『伊勢神宮の謎を解く』は、とくに日本の特性を浮かび上がらせていて注目されます。本連載エッセイにあわせて、ぜひごらんください。これからの連載でも、日本列島において育まれてきたわたしたちのこころの特性に、さまざまな場面で気づかせてくれることでしょう。
さあ、コスモロジーに出会う旅に出発することにいたしましょう。わたしたちが無意識の底に置き去りにしてきた大切なものに、今、再び出会うために——。

建築家 武澤秀一のフォトエッセイ 世界遺産を巡る ― 時空を超えて

 

第2回 インドのストゥーパ vs ローマのパンテオン (上)



さて今回とり上げるのは、つぎの2つの「世界遺産」です。

「サーンチーの仏教建造物群」のストゥーパ:1989年登録
「ローマ歴史地区」のパンテオン:1980年登録

まず、それぞれについて基本情報を掲げておきましょう。

サーンチーはインドの中央部にある小さな村です。旅人はマッディアプラデーシュ州の州都ボーパールから向かうことになります。
古代インドの王・アショーカによってこの地にストゥーパが建造されたのが紀元前3世紀。その後、このストゥーパは約2倍に拡大され、現在見る規模になったのは紀元前1世紀のことでした。
ストゥーパということばは、古代インドのサンスクリット語です。これが中国に入って漢語に音写されて卒塔婆(そとば)、短縮されて塔婆(とうば)、塔と表記されます。ストゥーパは仏舎利(ぶっしゃり:ブッダの遺骨)を納め、まつるものでしたが、ブッダの弟子や高僧の舎利を納めるストゥーパも出現しました。サーンチーのストゥーパに納められているのもブッダ高弟の舎利です。

パンテオンとは、多くの神々をまつる神殿、つまり万神殿(ばんしんでん)のことです。それは古代ローマ帝国の中枢にあたる、ローマの「歴史地区」にあります。
パンテオンは2世紀の初めに、賢帝と謳われたハドリアヌスにより建造されました(118~21年ころ着工、125~28年ころ竣工)。かれは詩や文学、そして建築に造詣が深く、「建築家皇帝」とも呼ばれます。パンテオンの設計においても、ハドリアヌス帝の創意が随所に活きているとみられています。
パンテオンが建設された2世紀のころのローマ帝国はキリスト教が公認される前です。そこでは、ギリシャ・ローマだけでなく、オリエント地方、さらには遠くペルシャ(イラン)の神々が活躍する多神教が活況を呈していました。

同じ形、同じ大きさ

インドとローマ、仏教とキリスト教以前の多神教……。
なぜ、ストゥーパとパンテオンを並べるのか、いぶかしく思われることでしょう。注目した第1の理由は、その形です。ふたつはとてもよく似ているのです。

ストゥーパでは円筒形の基壇の上に半球体が載っています【写真S‐1・2】


【写真S‐1】 サーンチーのストゥーパの全景。なだらかな丘の上にある。十九世紀の前半にイギリス軍人によって「発見」されたとき、ストゥーパは叢林に覆われていた。当時の状況を描いた絵は、ストゥーパから木が生え出ていたことを伝えている。

【写真S‐2】 サーンチーのストゥーパの南西側。この巨大なストゥーパはレベルの異なるプラダクシナー・パタを2重にもつ。手前の石の柵は地上レベルのプラダクシナー・パタを囲い、高いレベルに見える柵は基壇上のプラダクシナー・パタを囲っている。

パンテオンでは円筒形の壁の上にドーム天井が載っています【写真R‐1・2】


【写真R‐1】 パンテオンのドームを見上げる。ドームを構成している格間(ごうま:格子状の部分)は陰影の効果をもたらすだけでなく、ドームの重量を軽減する意味があった。ドーム表面がすべてフラットであったなら、その分、余計な重量がかかってしまうからである。

【写真R‐2】 ドームを載せる円筒形の壁体部分。その厚さは6メートルもあり、厚い壁を抉るかのような壁龕(へきがん)をもつ。壁龕にはさまざまな神像が安置されていた。パンテオンとは万神殿、ギリシャ・ローマ・オリエント・ペルシャの神々をまつる多神教の世界が繰りひろげられていた。

円筒形といい、半球体やドームといい、円が駆使されています。両者ともに、円に基づく立体造形です。
半球体やドームは天窮(てんきゅう)や宇宙をイメージさせます。それらは中心のまわりを回る運動をも想起させ、宇宙的な印象を受けます。

また形だけでなく、サーンチーのストゥーパとローマのパンテオンは規模もほぼ同じです。
パンテオンではドームの直径が約43メートルで、このドームを載せている円筒形の直径と等しい関係にあります。したがって円形をなす床面もまた、同じ直径をもっています【図R‐1・2】

【図R‐1】 ローマのパンテオン/断面図

【図R‐2】 ローマのパンテオン/平面図

ストゥーパを見ますと、直径が36メートルあまりの円筒形基壇の外周を、幅3メートルほどの参道が巡っています【図S‐1・2】。この参道はプラダクシナー・パタ(=右まわりの道)と呼ばれます。


             



【図S‐1】 サーンチーのストゥーパ/平面図










【図S‐2】 サーンチーのストゥーパ/立面図

この巡る参道を石の柵が同心円状に囲っているのですが、柵の高さが約3メートルと、背丈をはるかに超えています。また部材も太く、ほとんど壁に近い印象です【写真S‐3】。したがって、プラダクシナー・パタを歩く時、屋根はなくても、領域感において「内部」に入った、という感じがします【写真S‐4】
プラダクシナー・パタを囲う巨大な石の柵が描く円の直径は42メートルです。パンテオンの直径が43メートルですから、ほぼ同じ平面規模といえます。

【写真S‐3】 プラダクシナー・パタを囲う、高さ3メートルの石の柵。材質は砂岩。垂直材と水平材が木造を想わせる手法で接合されていることから、木造起源であることがわかる。水平材の断面が柿の種のような形をしていて、そのまろやかさが円周運動の潤滑油になっている。


 
【写真S‐4】 プラダクシナー・パタに足を踏み入れる。右側が基壇の石の壁。この上に巨大な半球体が載っている。左手の石の柵は高さが3メートルもあり、人間のスケールを超えている。屋根はないが、ここに入ると、「内部」の感覚に支配される。

物体と空間、そして外部と内部

しかし、両者には、見落としようもない、大きな違いがあります。

ストゥーパの本体をなす半球体は、中身が詰まった巨大な物の塊です。そこでは、物体というソリッドsolidが主役です。
パンテオンはその内部に壮大な空間をはらんでいます。壁やドームというソリッドによって、空間というヴォイドvoidが獲得されています。

ストゥーパの「物体」にたいして、パンテオンでは「空間」が主役といえます。パンテオンの中に入ってゆけば、壮大な空間に身を置くことになります。
ストゥーパは堅固な物の塊ですので、いうまでもなく、その中に入ってゆくことはできません。ただその外側を回るだけです。
ただしパンテオンの円筒形をなす、厚さ6メートルもの壁体には内部に通じる窓はありません。外から見ますと、それは巨大な物の塊と映ります【写真R‐3。小さな開口が見えますが、内部空間にまで通じていません】。したがって、その中がどうなっているのか、皆目見当がつきません。


【写真R‐3】 パンテオンの背面。凹凸もなく、素っ気ない巨大な塊に見える。アイレベルからドーム屋根はほとんど見えず、その中に荘厳な宇宙的空間がひろがっているとは予想もつかない。ストゥーパが外部に開かれた「昼」の世界なら、この人工の洞窟は「夜」の世界か。

ローマのパンテオンの入口は1つ、大きなポルティコ(柱廊をもつ玄関)が真北を向いています【写真R‐4】。そこから中に入ると、あっと驚く大空間が待っているわけです。それはあたかも、大地に開けられた巨大な穴のようであり、「人工の洞窟」といえるでしょう【写真R‐1】

【写真R‐4】 パンテオンの正面を形成する大きなポルティコ(柱廊玄関)。パンテオンを特徴づける円形は背後に隠れてしまって見えない。円形は全方位的性格をもつが、ポルティコが北にあることにより、南北が主軸となっている。なお、手前のオベリスクはのちの時代のもの。

サーンチーのストゥーパはゆるやかな丘の上にあって4方に開け、東・西・南・北それぞれに入口があります。どの入口から入ってもかまいません。
入口は石の柵から突出した四角いゾーンをもち、前面に、鳥居のような形状をした門、トーラナが立ちます【写真S‐5】

【写真S‐5】 東のトーラナ。高く掲げられた三本の水平材の長さは6メートルほどあり、これを支持する柱は最下の水平材まで5・5メートル、頂部まで9メートル近くある。この高さは巨大な半球体とのバランスから決められていると思われる。これにたいし柱と柱の間隔は内法で3メートルほどである。

門の前で、静止してストゥーパを拝します。この時、ストゥーパの中心から、あなたに向かってなにか聖なるものが発してくると感じられるでしょう【写真S‐6】

【写真S‐6】 半球体の頂部にヤシュティと呼ばれる柱が立つ。その下に、ユーパと呼ばれる柱がつづき、半球体をつらぬく。ユーパ・ヤシュティは、世界の中心に立つアクシス・ムンディである。頂きの3重の傘が、アクシス・ムンディの基で涅槃に入っている聖者を守る。

さて、入口に足を踏み入れますと、目の前にある石の柵が途切れて左側があいているため、おのずとプラダクシナー・パタの中へと時計廻り(=右まわり)に誘導されます【図S‐3】。インドでは右が浄、左が不浄と慣習的に決まっています。聖なるものを右手に見て、そのまわりを右まわりに回る。必然的に右まわりとなります。これがインドに生まれた宗教に共通する、古来の礼拝作法なのです。
歩き出しますと終点はなく、あなたは半球体のまわりをぐるぐると回りつづけることになります。そこはエンドレスの世界です。

【図S‐3】 サーンチーのストゥーパ/プラダクシナー・パタ入口の詳細
 


ストゥーパは屋根をもたず、また4方に開けているという点で、そのありようは「外部」的です。パンテオンの本質が閉ざされた「内部」にあるとしたら、ストゥーパの本質は「外部」にあるといえるでしょう。もちろん、さきに述べましたように、足を踏み入れたときの領域感は「内部」なのですが。 
両者は同じ形、同じ大きさであるものの、物体と空間の関係において著しい対照をなしています。一方は「外部」的、他方は「内部」的です。
こうした違いは、単に違うというのではなく、対照性をもった違いといえます。ストゥーパとパンテオンは対比的であり、いわば、反転した関係にあります。
それは共通の文化的基盤(=思考の枠組み)をもっているからこそ生じた違いといえるのではないでしょうか。両者は深いところでつながっているのではないか……。

(つづく)

【図版出典】
【図R-1】【図R-2】:『図集 世界の建築 上』アンリ・ステアリン著 鈴木博之訳 鹿島出版会
【図S-1】【図S-3】:『図集 世界の建築 下』アンリ・ステアリン著 鈴木博之訳 鹿島出版会
【図S-2】:『迷宮のインド紀行』武澤秀一著 新潮社


武澤 秀一(たけざわしゅういち)

1947年群馬県生まれ。建築家/博士(工学・東京大学)。東京大学工学部建築学科卒業。同大学院を中退し、同大学助手をへて建築家として独立。設計活動の傍ら、東京大学、法政大学などで設計教育指導に当たった。20代、30代はヨーロッパ志向がつよかったが、40代に入りインド行脚をはじめる。50代以降は中国、韓国および日本列島各地のフィールドワークを重ねている。著者に、『マンダラの謎を解く』(講談社現代新書)、『空海 塔のコスモロジー』(春秋社)、『法隆寺の謎を解く』(ちくま新書)、『神社霊場 ルーツをめぐる』(光文社新書)、『伊勢神宮の謎を解く——アマテラスと天皇の「発明」』(ちくま新書)などがある。