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世界の宗教

コスモロジーと出会うよろこび【編集部から】

本連載エッセイでは、人類共通の記憶の宝庫ともいうべきコスモロジー(=世界観・宇宙観)の豊かさを武澤秀一先生が探究します。
建築家である先生は、ご著書『空海 塔のコスモロジー』『マンダラの謎を解く』『神社霊場ルーツをめぐる』に見られるように、3次元の存在である建築を歴史・宗教・文化の位相のなかに捉え、塔やマンダラや神社霊場が聖なる力を帯びていく様相を明らかにされてきました。そして今年3月に刊行された新著『伊勢神宮の謎を解く』は、とくに日本の特性を浮かび上がらせていて注目されます。本連載エッセイにあわせて、ぜひごらんください。これからの連載でも、日本列島において育まれてきたわたしたちのこころの特性に、さまざまな場面で気づかせてくれることでしょう。
さあ、コスモロジーに出会う旅に出発することにいたしましょう。わたしたちが無意識の底に置き去りにしてきた大切なものに、今、再び出会うために——。

建築家 武澤秀一のフォトエッセイ 世界遺産を巡る ― 時空を超えて

第1回 旅立ちにあたって

「世界遺産」への着目

宗教家でもなく宗教学者でもない、建築家のわたしがCIR(宗教情報センター)のホームページ上で試みるのは、人類の多様な文化遺産をとおして心の世界、わけても心のなかに描き出された世界のイメージ(=世界観)を旅することです。多様に展開されてきた文化遺産のなかに普遍性を、普遍性のなかに多様性を見いだしたいとの思いからです。


旅の入口として、現在、その価値がひろく認められている「ユネスコ世界遺産」に着目します。旅立ちにあたり、まずその意図をお話ししておきましょう。
「世界遺産」は自然遺産と文化遺産からなりますが、文化遺産は次のように定義されています。

 

「すぐれて普遍的な価値をもつ記念工作物、建造物群、遺跡、文化的景観」

 

地上にあって地球の一部を構成し、動かすことができず、取り替えのきかないものであること、それが「世界文化遺産」の前提条件です。「地球の記憶」と呼ばれるのも、その故でしょう。
この定義から必然的に、建築や都市が「世界文化遺産」の主な対象となります。記念工作物は建築に含めることができますし、都市は建築の集合体として捉えることができますので、ここでは一括して「建築」ということにしましょう。つまり「世界文化遺産」は「建築」を対象としているのです(以下、この意味における「建築」を建築といいます)。
建築は場所に密着し、地上の現実として環境を形成します。そこが絵や音楽、文学など他の文化諸ジャンルにない側面といえます。
しかし建築は物的現実であるとともに、ひとびとの心の世界をも構成し、あるいはそれを反映してきました。そういう歴史があります。この点において絵や音楽、文学など他の文化諸ジャンルと共通するといえます。だからこそ、「文化」遺産とみなされるわけです。

宗教建築へ

そして大変興味深いことに、「世界文化遺産」に登録されている建築の多くは、宗教建築なのです。
人類文化の歴史において、宗教と建築が果たしてきた重みをあらためて感じないわけにはいきません。


それでは、宗教建築を建てる目的とは何でしょうか?

そこで儀式をおこなうため?

そこで教えを聞き学ぶため?

そこで信者どうしが交流するため?

もちろん、宗教建築はこれらの要求を満たさなくてはなりません。現代においては、建築を語るのに合理性や機能性、利便性を基準とするのが一般的ですので、宗教建築にたいしても、そのような目で見がちです。しかし、どうもそれだけでは十分でないように思われるのです。
わたしたちはふつう、建築とは特定の目的や機能を果たすためにあると思っていますが、問題は、その目的や機能をどう捉えるか、にあります。


各宗教のコスモロジーに注目

仏教、キリスト教、イスラム教……。どの宗教も、それぞれ特有のコスモロジー(=世界観)をもっています。コスモロジーとは、いわば、心のなかに描き出された世界のイメージです。直感的ないいかたになりますが、それは3次元の世界ということができるでしょう(時間を含めれば4次元となりますが、問題を複雑にするのを避け、ここでは3次元としておきます)。
ここで、建築が3次元の存在であることが活きてきます。そう、建築は各宗教のもつコスモロジーを直接体現するのに、全く相応しい媒体なのです。宗教建築は、さきにみたような実際的な用途をみたしながら、しかしそこにとどまらず、それら用途をこえた大いなる意味をもっているといえるのです。すべての宗教建築が、とはいえないまでも、すくなくとも人びとから絶大な崇敬を集めて今日、「世界遺産」として認められているような宗教建築は、それぞれの宗教のコスモロジーを明快に体現しているのです。
宗教建築は、それを建てた者たちが心に抱いている世界を現実世界において具体化するものでした。
心に想い描いた世界をこの地上に実現し、その空間の中に入ることができるのは、このうえない歓びだったことでしょう。

 

宗教建築を建てる重要な目的として、その宗教特有のコスモロジーを具現するということがあったのです。それを建築するとは、まさしく宗教行為そのものでした。そうだとすれば、逆に、宗教建築をとおして各宗教のもつコスモロジーを具体的に見ることができるのではないか。

 

宗教建築とは、どの宗教のものであれ、人びとの心の世界を体現している――これが旅立ちにあたっての、取りあえずの仮説です。この思いを抱きつつ、一緒に旅に出ることにしましょう。


宗教建築の宝庫

「世界遺産」にたいする世間の評価は非常に高いものがあります(以下、「世界文化遺産」の意味で「世界遺産」といいます)。しかし、自らの頭で考え、身体で確認して価値判断をするのではなく、外からあたえられた価値基準を鵜呑みにしているとしたら、それは問題です。昨今の日本に色濃いブランド志向が「世界遺産」にも反映されているようにも思われ、この点は反省すべきですが、「世界遺産」が素晴らしい宗教建築の宝庫であることは確かといっていいでしょう。
しかし「世界遺産」は、さきに触れましたように、恒久的な存在に限定されますから、たとえば伊勢神宮のような、建て替えを前提とする文化形態には適用されません。したがって「世界遺産」がすべての価値ある文化を押さえているわけでもありません。この点にも十分留意する必要があります。
以上の点を踏まえたうえで、「世界遺産」に注目したいと思います。なぜなら、「世界遺産」は人類が誇る最高レベルの文化遺産への入口としてきわめて有効であり、これを活用しない手はないからです。



「世界遺産」の比較をとおして

ところで、従来における「世界遺産」への関心のもちかたに、わたしは限界を感じています。というのは、例えば、昨今のメディアにおける「世界遺産」のとり上げかたをみますと、個々の「世界遺産」への興味にとどまり、その枠から出ていないように見えるのです。それも真っ当なとり上げかたもあれば――もちろん、このほうが多いのですが――、これがいい、あの方がすごい、と品定めをし、甚だしくは、人気投票までして順位をつけたりしています。イベントとしては面白いのでしょうが、それで理解が深まることはわたしには思えません。
もちろん「世界遺産」それぞれの探究は必要ですし、最初になされるべきことです。しかし、そろそろ次のステップが試みられてもいいのではないかと思うのです。
そこで、この連載においては、複数の「世界遺産」をとり上げ、それらにおける共通点と相違点を相互に比較してみたいと思うのです。同じ「比較」でも、順位づけとはまったく異なる「比較」です。そうすれば、今まで気づかれることのなかったことも見えてくるのではないでしょうか。











これがこの連載エッセイをはじめるにあたっての目論見です。複数の、といいましたが、手始めとして、まずは2つの「世界遺産」をとり上げることになるでしょう。「世界遺産」と「世界遺産」を比較することになります。


異なる宗教、異なる文化圏に属す「世界遺産」であっても、互いに共通する点が見えてきたら、素晴らしいと思います。遠い存在と思われていた宗教のあいだに意外な共通性が見いだされたなら、相互理解に向けて、それは意味のある発見といえるのではないでしょうか。
逆に、同じ宗教、同じ文化圏に属すものであっても、地域や時代の違いによって変化が見られることもあります。あるいはまた、同じ宗教で、同じ地域や時代のものであっても、宗派によって大きな違いが見いだされることもあるでしょう。
共通点を見いだし、相違点を確認する。そこから世界への視野がひろがって相互理解が深まり、同時に新たな自己確認の道が開かれることを期待したいと思うのです。


***


さて最初にとり上げるのは、つぎの2つの「世界遺産」です。
 

インドのストゥーパ vs ローマのパンテオン


かたや仏教世界のはじまりを、かたやキリスト教以前の多神教を代表する記念的建造物です。次回は、この2つの「世界遺産」を比較することを試みたいと思います。そこから、いったい何が見えてくるでしょうか。

 

(つづく)

武澤 秀一(たけざわしゅういち)

1947年群馬県生まれ。建築家/博士(工学・東京大学)。東京大学工学部建築学科卒業。同大学院を中退し、同大学助手をへて建築家として独立。設計活動の傍ら、東京大学、法政大学などで設計教育指導に当たった。20代、30代はヨーロッパ志向がつよかったが、40代に入りインド行脚をはじめる。50代以降は中国、韓国および日本列島各地のフィールドワークを重ねている。著者に、『マンダラの謎を解く』(講談社現代新書)、『空海 塔のコスモロジー』(春秋社)、『法隆寺の謎を解く』(ちくま新書)、『神社霊場 ルーツをめぐる』(光文社新書)、『伊勢神宮の謎を解く——アマテラスと天皇の「発明」』(ちくま新書)などがある。