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第9回「イスラーム信仰叢書」全10巻の発刊をめぐって――見落とされてきた「信仰」

第9回 2011/05/26

「イスラーム信仰叢書」全10巻の発刊をめぐって――見落とされてきた「信仰」



『イスラーム信仰叢書』は、国書刊行会から現在刊行中である。



はじめに

 イスラームの信仰を巡って、表記の叢書が昨年来出版されてきました。2011年5月現在、全10巻のうち7巻まで進みました。残る3巻も年内に出ることとなります。そこで少々風変わりな名称を冠されたこの叢書の動向をお伝えしようという趣旨で本稿をまとめました。


信仰としてのイスラームは見落とされてきた

 まずどうして、風変わりに聞こえるかというところに、多少本叢書の意味合いとか企画意図をうかがうヒントがあるように思われます。日本ではもちろんイスラームは新しい宗教です。古くは19世紀終わりごろに日本人初のムスリムが誕生したとされます。また20世紀初めには、日本人ムスリムがマッカ(メッカ)の巡礼に参加しました。しかしそれは全く大河の一滴のような話で、日本社会に深い余波を及ばすようなものではありませんでした。
 さらには日本政府が回教に関心を寄せたのは、大東亜共栄圏の建設など軍事的進出を果たすために、アジア諸国民の実態調査と統治方法を考案するという極めて非宗教的な背景を背負ったものでした。大川周明などの思想家も、『回教概論』やコーランの翻訳などを行っています。
 そしてようやく太平洋戦争が終結し、宗教活動の自由も認められる時代となりました。しかしイスラームはまだまだ小さな存在でした。現在も詳細な統計はありませんが、一応日本人ムスリムは1万人、その他外国人ムスリムが9万人ほどいるので、日本のムスリム人口は合計10万人程度と考えられています。
 以上のような背景を踏まえて、日本語によるイスラーム関係の出版物を見回す必要があります。本の数が昨今増える傾向にあるのは、幸いなことです。筆者が学生時代の1960年代末から70年代初めには、「マホメット」、「コーラン」といった表記でイスラームを紹介し、語るような書籍がいくつかあった程度です。でも今は、何冊あるのか数える気がしないくらい多数です。しかも先般は、カーイダ・グループの首領ビン・ラーデンが殺されたので、このような事件があるたびにイスラーム関係の出版物が急増するのが普通となりました。
 しかし数の増大は必ずしも質の向上を約束はしません。見回してみると、ほとんどの出版物は、時事的なものかあるいはイスラームを文化、法律、広くは学問の対象として扱うものばかりであることに気が付くこととなったのです。つまりイスラームは宗教信仰の体系であるという、ことの真髄に迫るものではなかったということです。
 さらに付言すると、イスラームの信仰そのものを扱う姿勢に欠けているということは、特に戦後日本社会における無宗教的な風潮を反映したものであることも忘れられません。この傾向が仏教やキリスト教をも襲っているということです。神道や儒教に至っては、戦前の軍国主義との絡みから非常な非難の格好の的となり、すっかり信仰体系としては委縮する羽目になっているのです。
 こんなことでいいのだろうかという疑問は、多方面より寄せられていることは周知の事実でしょう。自殺の増加、教育の漂流、家庭の崩壊などなど、何と精神界の諸問題が突き付けられない日はないくらいです。日本のイスラームは圧倒的な小数派ではあっても、この全日本的な課題を背負っていることは他の主要な宗教と軌を一にしています。


企画の進行

 以上の現状の概観はすでに本叢書の原点であり、その発想の多くを語っています。つまり第一には、イスラームをいわば学問やニュースの材料ではなく、真に信仰の体系として提示し、会得する機会を提供したいということです。次いで第二には、そのような真摯な信仰体系をより身近にすることにより、萎えてしまったような日本の信仰心を少しでも蘇生させたいという願いです。
 これらがたとえ少なからぬ人々に支持されるとしても、それらの達成は至難の業であること自体には何も変わりありません。事実、叢書創刊以来、一年半たちますが、未ださほど人々の注目を集めているとは言えないのが実情です。でもそれだからと言って、別に焦燥感はありません。そんな甘いものでないことは、初めから百も承知であり、それを知った上での刊行であったのです。
 叢書全10巻の題名を列記します。

1.イスラーム巡礼の初め
2.イスラームの天国
3.イスラームの預言者物語
4.イスラーム建築の心―マスジド
5.イスラームの原点―カアバ聖殿
 6.イスラームと日本人
 7.イスラームと女性
 8.イスラーム成立前の諸宗教
 9.イスラーム現代思想の継承と発展―エジプトの自由主義
 10.イスラームと現代社会

 以上の10巻ですが、内容的には、歴史物(巻5、8,9)、イスラーム教義関連(巻1、2、3)、そしてイスラーム文化・社会関係(巻4、6、7、10)となっています。しかし当然所期の目的通り、どのテーマをとっても信仰という主課題を全面的に押し出して、それとの連関の中で議論し説明するようになっています。例えば現代政治におけるイスラーム諸国の政治的不安定性が新聞の国際面を賑わしています。伝統的な安定要因であったイスラーム知識層(ウラマー)の弱体化が政治社会の緩衝材を消失させたので、それを取り戻すために、ウラマーの役割、イスラームの役割の再構築に期待をかける運動も起こっているのです(第10巻参照)。
 執筆者は合計20名ほどに上りますが、本稿筆者は叢書全体の総編集者であると同時に、巻1,2,4,5,9,10の著者、あるいは編者となっています。残る4巻は複数の執筆者や著者の名前を連ねる形です。
 執筆陣の特徴としては、日本人執筆者全員がムスリムであるということでしょう。この点をひどく重視する人たちもいますが、おそらく数の問題ではなく、やはり日本でイスラームの信仰そのものを正面から取り扱った書籍群であるということが特筆されるポイントだと筆者は思っています。
 先ほど本叢書は日本ではまだまだ伸び悩んでいると記しましたが、他方面白いことにイスラームの国、サウジアラビアでは早々と長文の書評をもって紹介されるということがありました。それは昨年5月の「巡礼」というタイトルのアラビア語雑誌です。その第一頁の写真を添付しました。日本で大変な出版事業だとして非常に好意的に扱ってくれましたが、事実、本叢書のことを「百科全書」としてその包括的な側面を強調した紹介振りです。
 また前述のように未だ3巻を残して、現在進行形のかたちです。したがってこれからどのような反応や影響が見られるかは、直接関係者が心配もし、楽しみにもしている段階と言えましょう。



(サウジアラビアの雑誌「巡礼」に出た書評の初めのページ、2010年5月号)


日本ムスリム社会の課題

 本稿は日本におけるムスリム社会全般の課題を論じることは想定していません。それは相当な一冊の本となるでしょう。しかし本叢書出版との関連部分に光を当てる形で、いくつかの側面を紹介しておければと願います。
 第一には、日本はもともと多神教の世界ですが、イスラームは典型的な一神教であるという真髄部分にかかわる問題です。つまり日本という環境では、何かと多神教的な発想の事物に取り囲まれているので、下手をするとイスラームで一番大事な一元論の信念(1)を弱くするという課題です。仏教でいう無や空は、一元に相当すると言ってもすぐに伝わるわけではありません。やはり一元の教えを豊富に提供するとともに、その習得を自然に、かつ容易にする努力が必要でしょう。それが本叢書の初めの狙いでもありました。
 第二の課題は、啓典であるクルアーン(コーラン)が日本語であっても、普通の意味では理解が容易でないということです。それは日本語の訳語がまずいのではなく、クルアーンという啓示を記した書物が通常書店で並んでいるような代物ではないという事実によります。聖書などのように特段のストーリがあるわけではないし、一つの章と次の章との関連や発展ぶりを追うことも難しいことの方が多いのです。啓示の言葉を読むことは、日本では全く通常の生活では経験できないでしょう。そこで叢書には入りませんでしたが、将来的には「クルアーン物語」のような内容のものを執筆すべきであると筆者は考えています。キリスト教でいえば、曽野綾子女史の『聖書物語』のような類の読み物です。そのためにと考え、筆者としては読み物風に向いた文体や表現法を、時には現代小説などにも目を通して身に着けたいと願っています。 
 第三の課題として挙げられうるのは、イスラームの諸儀礼を履行するのが容易でない場合があります。よく聞かれるのは、豚肉やアルコール禁止、礼拝場所の確保、子供の教育機関とその内容などでしょうか。イスラーム信仰は「言葉と行動で」と言われるのです。それは要するに内面だけではなく、実行も半分の重要性があるということです。後者の外面的な方について、その実施が容易でないことが少なくないというのは事実でしょう。しかしそれは改善の一途をたどっています。ムスリム用の食料品店やレストランは急増しました。一般に欧米ほどには、ムスリムに対する敵愾心は見受けないのが日本です。外国人ムスリムで日本贔屓(ひいき)が多いのもわかります。ベールが問題になっている話はありません。学校によってはムスリム子弟が断食をするために、昼食時は別室を設けてくれるところもあります。徐々にということで、クルアーンには「アッラーよ、どうか私の能力以上のことを背負わせないでください」というお願いの言葉さえ入っているのです。このようなユックリズムは、叢書編集の一面でもありました。
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(1)  万物創造の主は絶対の存在として唯一であるとの観念。別途筆者は、次の著作で一元的世界観の記述に努めたので参照ありたい。『イスラーム信仰とアッラー』知泉書館、2010年。
 


おわりに

 イスラームを学ぶ素材は英語では実に豊富です。それは英語に長けたアラブ人ムスリムなどが多数いるからです。日本語に置き直す作業は日本人アラビストの活躍に待たざるを得ません。ただ語学の勉強だけではなく、信仰を深める魂の鍛錬も要求されているのですから、その道はかなり遠いものでしょう。ゆっくり、しかし着実に前へ歩を進められればと願っています。

+ Profile +

水谷周先生

 1948年、京都の寺院に生まれましたが、日本の宗教の弱体化を幼い頃より疑問に思いまた悩みました。その理由は長い歴史的な事情だと考え、このような難問とは取り組んでも一人では仕方ないと考えました。京都大学文学部歴史学科から外務省へ入り、アラビア語を学びました。一番元気なイスラーム教の秘密は何かを探求したいためでした。幸い語学は不自由なくなり、またイスラームも学習が進みました。そうこうするうちに自分がムスリムであるということが特段の自覚を伴わない形で自然なものとしてなじむようになっていたのでした。レバノン、エジプト、サウジアラビアなどで勉学し勤務していた時のことです。そのような中、自然と入信しました。その後外務省を離れてからは、むしろ子供のころ一度は断念したはずの、日本における宗教の蘇生ということが主要課題として自分の意識の中で浮上したのでした。なんとも自分ながら不思議極まる現象です。またそれがアッラーの導きとも受け取れました。その間世界のどこへ行っても宗教信仰の在り方を見て歩くという関心に引っ張れていたのでした。
最終学歴:米国ユタ大学博士号(中東歴史、イスラーム思想史)
職歴:中東国際法事務所上級顧問(在ベイルート)、アラブ イスラーム学院元学術顧問(在東京)など。
主要著作:
1. 書籍  
『アフマド・アミ-ン自伝』第三書館、1991年。アフマド・アミーン著。アラビア語からの翻訳。
『日本の宗教―過去から未来へ』ベイルート、2007年。(アラビア語)
An Intellectual Struggle of a Moderate Muslim – Ahmad Amin, Ministry of Culture of Egypt, Cairo, 2007.
『アラビア語翻訳講座』全3巻、国書刊行会、2010年。『アラビア語の歴史』国書刊行会、2010年。
『イスラーム信仰とアッラー』知泉書館、2010年。
2. 論文
「イベリア半島におけるアラビア語」日本ポルトガル学会年報、1998年。8-16頁。
「中南米におけるイスラーム」 中東研究、1998年7月。30-35頁。
「イスラームと仏教」『日本に生きるイスラーム―過去、現在、未来』サウジアラビア大使館編集、2010年。157-171頁。
「イスラームと日本の宗教的覚醒」イスラーム信仰叢書第6巻『イスラームと日本人』。189―222頁。
「イスラームにおける祈りと願い」2008年1月号、大法輪。114-119頁。
「イスラームにおける死」2010年7月号、大法輪。 61-122頁随所。