文字サイズ: 標準

宗教情報PickUp

テレビ番組ガイド・レビュー

日本国内で放送された宗教関連番組のレビューです。

発掘アジアドキュメンタリー「無縁死のおくりびと ~インド~」

2012/03/02(金)0:00~0:50[木曜深夜 金曜午前] NHKBS1
キーワード
インド 無縁社会 孤独死 死生観 ヒンドゥー教
参考
番組公式
 NHKの番組公式サイトによればNHKはアジアから新たな才能を発掘する試みとして、アジア各国の公共放送局から番組企画を募集し共同制作を行うプロジェクト「アジアピッチ」を2007年から継続している。今回放送されたのは、本年度の同プロジェクトでインド人ディレクターの取材によりNHKとシンガポールのメディアコープが共同制作した番組で原題は「Living for the Dead」だが、日本語版は「無縁死のおくりびと~インド~」と題されている。
 2010年NHKは「無縁社会」と題した番組で、家族や社会から孤立した個人が誰にも知られることなく最期を迎え、その遺体の引き取り手すらみつからないという「新たな死」の増加を現代日本の生んだ深刻な社会問題として取り上げた。番組をはじめとした一連のキャンペーンは議論を呼び、「無縁社会」の語は同年の「流行語」のひとつともされた。ごく最近においてもメディアでは多くの人々が暮す都市部の住宅における「孤独死」「無縁死」事件が盛んに報じられ、対策の必要性が叫ばれている。しかし本番組が取り上げるのは、近年経済成長著しいインドで「無縁死」に立ち向かう人々だ。
 番組によれば年間3万7千もの身元不明遺体が発見されるというインド。ドキュメンタリーの主人公は身寄りのない遺体を引き取り火葬までを執り行う4人の男女である。番組は彼らを、遺体を整え棺に納めることを生業とする「納棺師」の姿を描き話題を集めた日本の映画「おくりびと」(2008年公開)になぞらえ、インドの「おくりびと」として紹介している。
 4人はいずれもそれぞれのきっかけから自発的にこうした活動を始めたという。警察・病院などから連絡を受けると彼らは小さな救急車、あるいは人力車に乗って遺体を引き取りにゆく。引き取り手がいない遺体のみならず、火葬費用が出せない貧しい人々のもとにも彼らは向かう。「おくりびと」のひとりは言う。貧困層の人々にとって父親の死は別離の悲しみと同時に生活の基盤を一気に失うことをも意味し、裕福な父親の家族にとっては残された財産が悲しみすら癒すものとなる、と。インドでは社会階級の違いが死に際してもより大きく切実な格差となってあらわれることがわかる。
 インド式の葬式といえば野外で行われる火葬、大河に流される遺体などといった光景を思い浮かべる人も多いだろう。かつてあてどなく世界を旅する若者達にとってのバイブル的存在だった藤原新也のフォトエッセイ『印度放浪』はけっしてインドを単に神秘に満ちあふれた、あるいは単純素朴な人々の住む地として描いた類の本ではないが、それでもなおある断章に記されたそうした葬式の光景は死者を送り出す人々の奇妙なまでの大らかさ、潔さを私たちに印象付けずにはいない。本番組でもそうした光景は映し出されてもいる。しかし「おくりびと」たちが一様に嘆くのは死者と向き合う現代インドの人々の冷淡さである。親の葬儀にも無関心な子供たち、他家に嫁いだ娘の供養を拒む父親、事故の管轄を巡る口論で長時間遺体を放置する警察・・・。感じられるのは大らかさなどとはかけ離れた、無機的で殺伐とした死のありようだ。カメラに向かい堰を切ったように話す「おくりびと」らの言葉からは、彼らがそうしたことを個々人の良心の問題ばかりでなく、経済至上主義、女性差別など社会のあり方そのものが生んだ問題であると考えていることが伝わってくる。
 「無縁社会」「おくりびと」など、昨今日本で話題となったキーワードを並べた本番組のタイトルだが、4人の「おくりびと」を追った映像からは根強いカーストの意識や急速な経済発展により、死をめぐっても日本以上に厳然とした格差が存在する現代インド社会の姿が見える。
 しかし見えてくるのはそればかりではない。彼ら「おくりびと」はヒンドゥー教や仏教などの宗教家というわけではなく、自らの強い意思から個人の財産や僅かな寄付を頼りに活動を行っている。こうした人々が必要とされる一方、人々の生や死の根底にもっとも密接に関わってきたはずの宗教が、社会の変化とともに変貌した現代人の生や死を充分にカバーできていないという状況は、昨今の日本における問題点とも重なるのではないだろうか。