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日本国内で放送された宗教関連番組のレビューです。

BS世界のドキュメンタリー「兄はイスラム原理主義者になった」

2013/12/05 (Thu) 00:00~00:50 NHKBS1
キーワード
イスラム、過激派、原理主義、原理主義者
参考
番組公式

本番組はイギリスのBBCが制作したドキュメンタリーを、NHK-BSで放送したものである。かつては仲の良い兄弟であったリチャードとロブ。しかし、兄のリチャードがロンドンに越して数ヶ月後、彼は自らをサラディーンと名乗る厳格なイスラム教徒になった。
 ロブはリチャードの改宗の理由を知るため、イスラム教徒となった兄にさまざまな問いを投げかけ、兄を理解しようとしてイスラームについて学ぶ努力もする。しかし、番組が進むにつれて、2人を隔てる壁の大きさは露呈してゆくばかりである。そしてロブは、身内を奪われた苦しみと、兄の変化に対する戸惑いの中で苦悩することとなる。
 以下では番組内容を振り返りながら、「過激派」と呼ばれる原理主義者たちの思想や主張を紹介してゆく。
 
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 過激派と呼ばれる人々は、一般のイスラム教徒とは異なる。彼らは「イスラム国家が全てを制する」という予言を実現するためなら、あらゆる行動を覚悟するという。イスラム教のためであれば命すらも惜しまない。それがいわゆる原理主義である。
 リチャードは「イスラム4UK」という250人ほどの過激派集団に属している。そして、グループの同胞以外を「悪魔の奴隷になった人々」と呼ぶ。また、リチャードたち過激派の人々はコーランを非常に厳密に解釈しようとする。そのため、それが世界的な闘争という考えに行き着き、「ジハード」へとつながるのである。彼らにとってジハードは、イスラム国家を築くために悪を排除するための、まさに世界を相手にした「聖戦」なのである。
 
 ロブがある日のデモに同行した際、彼は白人イスラム教徒の多さに驚くこととなる。彼らが西欧社会に背を向け、自らがそれまで過ごしてきた社会に対して激しい嫌悪をあらわにするのはなぜなのか。取材に対して改宗者たちは、「ドラッグや犯罪がはびこる社会への反発」や、「堕落した社会での身近な人間の死」が改宗の理由だと語った。そして、「イスラム教こそが悪から若者を守る解決策である」と主張した。
 しかし、原理主義と一般的なイスラム教との狭間で揺れている者もいる。「イスラム原理主義者になるのか?」という質問に対して、ある青年は「物事をどう捉えるかによる。社会に激しい憤りを感じている人もいるし、そうでない人もいる」と答えた。
 いずれにせよ、人々がイスラム教へ改宗する理由の一つとして、彼らが自らを取り巻く社会に対して「嫌悪」や「不信」を抱いていることが挙げられるであろう。人々は堕落した社会を救済してくれる「何か」を求める。そして、その「何か」を求めるなかで厳格なイスラム教と出会い、その「厳格さ」に魅かれてゆくのではないだろうか。
 
 「審判の日には母も父も子も兄弟も我々の敵となる。彼らは我々が地獄の業火に焼かれることを願うだろう。すべてが我々の敵だ」。これはある集会での言葉である。そして、イスラム4UKの指導者・チョウダリーは「殉教の任務からは生きて帰れない。片道切符だ」「可能な限り準備せよ。戦いに備えよ。アッラーの敵を恐怖に陥れるため武装せよ」と同胞たちに激しく呼びかけた。
 ロブに対してリチャードは「ジハードは正しいと信じている。イスラム教は平和的宗教であると同時に、戦う宗教でもある。タリバンがアメリカとその同盟国を倒すときに備えなければならない。僕らはイスラム世界を広げ、敵に占領された僕らの国を取り戻す。形勢は逆転するはずだ」と語った。
 
 番組の最後でロブは、「リチャードは洗脳されたというよりも、堕落した社会と悪から自分を守るために自らつくった砦に閉じこもってしまったようだ」と話した。そして、「リチャードはサラディーンとしてあちらの世界に行き、もうこちらの世界には来ないだろう」といった。
 2012年7月リチャードはテロ行為準備の容疑で逮捕された。そして、2013年4月、刑期6年の判決が下りた。

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 本番組からは、兄弟間の応答を通して現場の状況がよく見てとれた。また、ロブのリチャードに対する密着取材によって、番組はドラマではなく、実際のイスラム原理主義者の行動を描き出すドキュメンタリーとなっている。
 しかし、弟の心の揺れを反映して、イスラームについてネガティブな印象をもたらすきらいもある。したがって、本番組は、中立・客観的な作品としてみるよりは、「過激派」や「原理主義」を「弟の視点」を通して考えるための一つの素材としてみることを勧めたい。

○参考URL
番組HP「BS世界のドキュメンタリー」
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/131204.html