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研究員レポート

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宗教情報

宗教情報センターの研究員の研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2015/01/28

イスラム国による人質事件に関する宗教団体の動き

宗教情報

藤山みどり(宗教情報センター研究員)

 イスラム国(ISIS)が1月20日に日本人2人を人質に2億ドルの身代金を要求した事件は、それまでイスラム国の勢力拡大を“対岸の火事”と考えていた日本国内を震撼させました。72時間の交渉期限が過ぎた24日、人質の1人が殺害されたとみられる画像がインターネットで公開され、人々に衝撃を与えました。この件につきましては、哀悼の意を表明いたします。その後、交渉条件が変更され、27日午後11時の時点で、もう1人の人質であるフリージャーナリストの後藤健二さんについても交渉を24時間で区切られるという緊迫した状況にあります。
 イスラム国が2014年6月にイスラム教を前面に打ち出して建国を宣言して以来、イスラム教を国教とする国々や各国のイスラム法学者からは、この過激派組織に対する非難声明が相次いで出されました。この組織によってイスラム教への偏見やイスラム教徒への差別が広がることを危惧する声は多く、8月末からエジプトは、イスラム教に関する公式見解を示すファトワ(宗教令)庁が、イスラム教のイメージが損なわれるとして、外国メディアに「イスラム国」の名称を使わないよう求める運動を始めています。
   今回の事件では、国内のイスラム教団体からも哀しみの表明とともに批判声明が出されました。イスラム教徒は国内に10万人いるとされ、各地のモスク(イスラム教礼拝所)では、人質解放への祈りが捧げられました。また、人質となった後藤さんは、キリスト教プロテスタントの日本基督教団・田園調布教会で受洗したクリスチャンであることから、親交があった同・代々木上原教会の教会員の発案で、キリスト教をはじめとする宗教の垣根を超えた宗教者たちによる解放へ向けた呼びかけも行われました。
   人質が無事に解放されることと、イスラム教への誤解が広がらないことを祈りつつ、人質事件に関連して、特に宗教や宗教者が発表した声明や起こした運動を報道からピックアップしてみました。報道では、イスラム教団体の声明が多く取り上げられていますが、実際、声明を出しているのは、イスラム教団体がほとんどです。イスラム教への誤解を避けようという思いも含まれているのでしょう。仏教団体については報道されていませんが、探した限りでも、実際に出していないようです。
 主要紙で宗教者を大きく取り上げているのは、『朝日』『毎日』『東京』など、いわゆる左派の新聞が多いようです。日ごろから平和運動や反原発運動を取り上げるなかで宗教者との関係が出来ているからでしょうか。ただし、『産経』でも取り上げられています。『産経』と『読売』は、ともに社説(『産経』1/23朝、『読売』1/24朝)で2004年にイラクで日本人3人が武装組織に拘束された事件で、イラク・イスラム聖職者協会の仲介によって解放された件に触れて、今回も人質解放に向けて宗教指導者に積極的な仲介を求めることの大切さを述べています(『産経』1/23朝、『読売』1/26朝)。両者とも、彼の地における宗教指導者の影響力の強さを認識しているのでしょう。
   なお、『産経』は、今回の事件を受けて、テレビ各局が事件を連想させるアニメの放送を見送ったり、歌詞やコントのネタを変更したりするなど、過剰な自粛の問題をも取り上げています。そして「苦情や批判を避けるための対応が問題の本質をずらしてしまう。報道番組でこそ注意を払い、事件の背景を掘り下げる努力をしてほしい」との立教大の服部孝章(たかあき)教授の苦言を紹介しています。今回の事件によってイスラム教や宗教について語ることも禁忌にならないことを願いつつ、人質の無事解放を心より祈って文を結びたいと思います。

 
●声明を出した主なイスラム教関連団体(所在地、発表日)と声明の抜粋
・日本アハマディアムスリム協会(名古屋市)

①2015.1.21
「イスラムは本来、「愛」「敬意」「平和」を説いています。ISISによる今回の人質事件は、ISISがイスラムや他の宗教とはほど遠いものであることを露呈しています。」
http://www.ahmadiyya-islam.org/jp/ibento/2015/01/21/isisi/
②2015.1.25 
「平和で真の教えを信じるムスリムにとって、イスラムの教えとかけ離れた概念を持つイスラム国のような人達が行っている行為は決して許されるべき事ではない。」
「何度も訴えますが彼らはイスラム教徒ではありません。皆様にも本当の平和を愛するイスラムを理解してもらいたいです。そして、私たちはこれからもイスラム国(ISIS) は、イスラム教徒では無い事を訴え続けます。」
http://www.ahmadiyya-islam.org/jp/press/2015/01/25/isis-2/

・東京ジャーミィ(東京都渋谷区)2015.1.21
「いまテロ組織イスラーム国が行っていることは、すべてのムスリムを罪人のような立場に追いやり、行われているすべての犯罪が全世界のムスリムに深刻な影響を及ぼしています。認識されねばならない点は、イスラームの最も重要な教えの一つが、公正な社会を実現し、人びとの間に平和をもたらすことにあります。暴力を唯一の手段と見なすこの残虐なテロ組織の考え方は、イスラームの教えとも、イスラームの生み出した文明ともまったく相容れないものです。」
http://www.tokyocamii.org/ja/news-notices-ja/news-ja/japan-hostage-crisis
 
・日本イスラーム文化センター(東京都豊島区)2015.1.22
「イスラームは、人に優しい、常識的な教えですが、教えを守らない者がいるのは残念なことです。テロ行為、非戦闘員の殺害などは、教えに反する行為です。このような誤った行為をしている信徒につきましては、間違いを犯していることに気付いて悔悟し、それ以上の間違いを重ねないように祈ると共に、このような誤った考えや行動が生まれないよう、日本国内における信徒間の啓蒙活動を継続して努めていきたいと思います。」
http://www.islam.or.jp/2015/01/23/20150123/
 
・イスラミックセンター・ジャパン(東京都渋谷区)2015.1.22
「日本人2人の人質を殺すことで、日本人のイスラムに対するイメージ、そして日本に住んでいるイスラム教徒に、とても大きな影響を与えることでしょう。このような影響に対して、我々は全能のアッラーの前で、イスラム国が責任を負うべきだと主張します。なぜなら、日本人の人質を殺すことについて、いかなる弁解の余地もなく、正当性もないからです。
人質の殺害は、コーランの教えにも反します。アッラーが、コーランのAl-Mumtahana(試問される女)章8節で述べられています。
「アッラーは、宗教上のことであなたがたに戦いを仕掛けたり、またあなたがたを家から追放しなかった者たちに親切を尽くし、公正に待遇することを禁じられない。本当にアッラーは公正な者を御好みになられる。」
http://islamcenter.or.jp/about-us/news/
 
・日本ムスリム協会(東京都渋谷区)2015.1.23
無実の人を殺害することは、イスラームでは厳しく禁じており許される行為ではありません。
「人を殺した者、地上で悪を働いたという理由もなく人を殺す者は、全人類を殺したのと同じである。人の生命を救う者は、全人類の生命を救ったのと同じである。」
(クルアーン532節)
http://jmaweb.net/info/823518
 
<番外編>
 ・在京アラブ外交団(中東・アフリカの20の国家・地域の駐日大使らでつくる団体)
 「イスラムの気高い教えや原則をかたって、野蛮な行為が行われたことに遺憾の意を表明する」
                                  (1/28朝『朝日』『毎日』『産経』『日経』)
 ・世界宗教者平和会議(WCRP、諸宗教対話組織、本部ニューヨーク)
 「拘束されている日本人2人を即時解放し、宗教指導者の代表団に引き渡す」よう要請する緊急声明。
                           (1/23夕『毎日』)
●宗教者たちの祈り
・東京ジャーミィ(東京都渋谷区)など各地のモスク

 23日に金曜礼拝で、人質解放に向けて祈りを実施
・「平和をつくり出す宗教者ネット」(宗教ネット)
 27日、後藤さんの解放を願って、仏教、イスラム教、キリスト教の宗教者ら約80人が首相官邸前で祈念行動
                                   (1/28朝『朝日』『産経』『赤旗』)

・日本基督教団
 1月29日(木)14時~解放に向けての祈りを富士見町教会(東京都千代田区)にて実施。
http://uccj.org/news/20801.html
 


●2月2日追記
 多くの人々の祈りにもかかわらず、残念な結果となりました。2月1日、「イスラム国」が拘束中のフリージャーナリスト・後藤健二さんを殺害したとする映像を動画サイトに投稿し、映像を分析した日本政府は信憑性が高いと判断しました。心より弔意を表させていただきます。この結果を受けて、各団体は後藤さんの親族にお悔やみを表明するとともに、改めて「イスラム国」を非難する声明を発表しました。ここに、その一部を抜粋して、ご紹介します。

・日本アハマディアムスリム協会(名古屋市)2015.2.1 
 彼ら(イスラム国)は断じてイスラム教徒ではありえません。日本の皆様が平和を愛する本当のイスラムの姿を理解していただけるよう祈っています。
 テロはイスラムの正しい教えとは全くかけ離れています。聖なる預言者ムハンマドの生涯をみてみますと、テロや世界平和を壊すような教えを広めた例は一つもありません。また聖コーランは世界平和を推進しています。残念ながら、自己利益を目的にイスラムの名を使って戦乱を起こそうとしている一部の人たちがいます。しかし、彼らは正しいイスラムとは無関係です。人類の敵であり、またイスラムの敵であります。 聖コーランでは、「アッラーは平和の根源であり、安全を与える者である(聖クルアーン59章23節)」と書かれています。つまり、平和の確立と安全の維持は、全てのイスラム教徒にもまた非イスラム教徒にも等しく不変の目的でなければなりません。平和を乱す全ての行為と活動は、イスラム教では厳しく非難されています。ですからあらゆる困難や紛争に、平和的な解決や調整をもたらすのはイスラム教徒の義務です。 平和の時であろうと戦争の時であろうと、テロ行為はイスラム教では非難される行いです。それだけでなく、テロは明らかに、平和を象徴するイスラム教の教えに相いれない行為です。
http://www.ahmadiyya-islam.org/jp/ibento/2015/02/01/goto-2/

・日本ムスリム協会(東京都渋谷区)2015.2.1
 イスラームの名を騙るこのような残虐行為は、その教えに反するものであり強く非難する。
 アッラーは『正当な理由による以外は、アッラーが尊いものとされた生命を奪ってはならない』(夜の旅章33節)と教えておられる。
 これまでに構築されてきた我が国とイスラーム諸国の良好な関係が今後も維持され、中東地域を含む全世界の平和が一日も早く実現することを祈念する。
http://jmaweb.net/info/830946

・世界宗教者平和会議 日本委員会(WCRP、諸宗教対話組織、本部ニューヨーク)2015.2.6
 「イスラムの教えに反する凶悪かつ野蛮な行為だ」「宗教の名をかたり、悪用した犯行で、宗教者として到底是認できない」「事件はイスラムに対する誤った印象を人々に植え付ける」とイスラム国を非難する声明を発表。
                           (2/7『産経』)
<番外編>
●後藤健二さんの言葉

・自分がどうなろうと「シリア人を恨まないで」(2015年10月、シリアで拘束される前に)
・「目を閉じて、じっと我慢。怒ったら、怒鳴ったら、終わり。それは祈りに近い。憎むは人の業にあらず、裁きは神の領域。そう教えてくれたのはアラブの兄弟たちだった。(2010年9月7日、自身のツイッターで)


●補足
 日本の伝統仏教の主な59の宗派などが加盟する全日本仏教会は2015年2月13日に「中東地域における人質殺害の報に係る理事長談話」を発表。「私たちは、尊いいのちが奪われることのない世界の実現に努めていく必要があります。」「全日本仏教会は、仏教諸国ならびに諸宗教との交流を通じて相互の理解を深め、今後も世界平和の進展に寄与していく所存であります。」などと述べた。http://www.jbf.ne.jp/news/newsrelease/1542.html