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宗教情報センターの研究員の研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2014/08/09

「死後の世界」(1) 現代日本のトレンドと報道

宗教情報

藤山みどり(宗教情報センター研究員)

 2002年ごろに死者の話をすると眉を顰められたが、数年を経たのち変わり、特に東日本大震災の後は受け入れられるようになったと、末木文美士・国際日本文化研究センター教授はいう。その要因として、震災の影響のほかに、①死を身近に考えざるを得ない高齢者の増加、②葬儀を行ってきた仏教の危機、③家墓の在り方の否定、の3つを挙げている[1]
 報道を見ていても「死後の世界」や「死者」に関する話題が多くなっているようだ。そこで、遡って宗教記事データベースを見ながら、現代日本における「死後の世界」のトレンドの変化と「死後の世界」観の変化を辿っていく。

一.「死後の世界」のトレンドと報道
  まず、「死」の学術研究の嚆矢とされるE・キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』の邦訳が発刊された1971年以降の「死後の世界」のトレンドを4期に分けて概観する。世情により表面化しなくとも、人々の「死後の世界」への関心はつねに高かった様子がうかがえる。
 
1.探究心からの「死後の世界」<1985年ごろ~1995年ごろ> 
 第三次宗教ブーム[2]あるいは第四次宗教ブーム、宗教情報ブーム[3]、あるいは神秘主義ブーム、オカルトブームとも言われた時期と重なる。臨死体験の事例を研究した『かいまみた死後の世界』(1977年)とその続編(1989年)や、輪廻転生を検証した『前世を記憶する子どもたち』(1990年)が邦訳され、欧米で進んでいた「死後の世界」に関する科学的な研究成果が日本にもたらされた。
 このブームに乗じて18世紀に活躍した科学者スウェデンボルグ(1688~1722)が霊界を見て記したという『スウェデンボルグの霊界からの手記』(1985年)も出版された。1986年からは宗教漫画の発刊が続き、『チベット死者の書』(1991年)が人気を博した[4]。梅原猛『日本人の「あの世」観』、安蘇谷正彦『神道の生死観』(各1989年)など学者による書籍も刊行された。
 翻訳ものを吸収して和製の「死後の世界」が開花した1985~1995年ごろが特に「第1次死後の世界ブーム」とも言える。ブームの牽引者は、以降のブームにおいても、「新・新宗教」「霊能者と民放など」「NHKと識者」の3者に大きく分類できる。
  • A.新・新宗教・・・オウム真理教と「幸福の科学」など。既成宗教と異なり、「死後の世界」を明確に説き、神秘的なものへの探求心が強い10~40代を惹きつけた[5]。チベット仏教の影響を受けたオウム真理教の教祖・麻原彰晃は輪廻転生を超越した“最終解脱者”と自称し、身体感覚に訴えるヨガの修行で信者らに「死後の世界」を疑似体験させた。「幸福の科学」の大川隆法総裁は“釈迦の生まれ変わり”と称して霊からのメッセージを伝え、知的好奇心に応える詳細な「死後の世界」を説いた。いずれの教団も、向学心旺盛な高学歴の若者の入信が注目された。
  • B.霊能者と民放など・・・霊能者・宜保愛子が1986年ごろから民放各社の番組に出演し、霊視してアドバイスするなど「テレビ霊能者」[6]として活躍。主婦を中心に支持され、『宜保愛子の死後の世界』(1991年)などの著書はベストセラーとなった。俳優で霊界研究家でもある丹波哲郎による『大霊界-死んだらどうなる?』(1987年)など霊界研究の一連の書籍も累計250万部に達し、映画「大霊界」(1989年)は続編と合わせて観客動員数300万人に及んだ。観客層は、死を控えた高齢層と話題性に敏感な若年層の二極だった。
     前者は、幸不幸の原因となる「守護霊や先祖供養、霊障」を語る一環として“霊から聞いた”という「死後の世界」を説き、後者は「研究」の成果として詳細に明らかにした点が異なるが、やや際もの的な扱いをされたものとして、同じカテゴリーとした。
  • C.NHKと識者・・・ブームの後追いではあるが、NHKは、科学的手法や伝統宗教といった権威づけにより、それらと一線を画した。作家・立花隆が欧米の「死後の世界」に関連する研究事例を主にレポートしたNHKスペシャル「臨死体験」(1991年)は、「オカルトブームのようになりかねないテーマを、NHKがこれほど正面から大まじめに放送したのも画期的」[7]と反響が大きく、中高年層を含む一般に「臨死体験」という言葉を広めた。同じくNHKスペシャル「チベット死者の書」(1993年)はチベット仏教の「死後の世界」を紹介して反響を呼んだ。
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 ブームの背景としては、科学への懐疑、物質主義から精神主義への転換、既成の宗教への反発、日常への不安、死が見えなくなったことの裏返し、高齢化社会の反映、脳死臓器移植の立法が議論された影響、テレビメディアの影響などが指摘された。「死後の世界」を明らかにしようという試みには、科学的手法、文献研究、伝統宗教の解釈や修行などさまざまなアプローチがあり、それぞれ詳細な「死後の世界」が描き出された。書籍等のタイトルやコピーなどからは「死=恐怖」という認識が伝わり[8]、長寿が尊ばれ、「死」は「敗北」と受け止められていた時代がうかがえる。
 「死後の世界」などがテレビ放映された背景には「超常現象をあからさまに否定しない寛容度が社会全般に備わってきた」[9]との見方もあり、民放各局に対しては、宜保愛子の霊視をトリックとする大槻義彦・早稲田大学教授が是正を要求したものの各局が消極的姿勢を示すなど[10]、メディア全般に「死後の世界」への許容度は高かった。
 
2.停滞期<1995年ごろ~2005年ごろ>
 オウム真理教による地下鉄サリン事件(1995年3月)の影響で、「死後の世界」ブームも急速に終焉に向かい、メディア全体が「死後の世界」の扱いに慎重になった。そのなかで、学術研究ならば安全と考えたのだろう1996年に『サンデー毎日』[11]は、日本の学術研究に焦点を当てて10回連載で「死後の世界」特集を組んだ。
 1997年には、戒名の要否を論じる対談で、直木賞作家で浄土宗宗務総長の寺内大吉が「私の中の教養みたいなものが、死後の世界はないと思わせる」[12]と発言し、「極楽往生を説く浄土宗の教義を否定している」と反発され、辞表を提出、再選されるという事件が起きた[13]。「死後の世界」を肯定することが憚られた時代を象徴するような出来事である。同じく1997年には「幸福の科学」の「死後の世界」が説かれた『永遠の法』(1987年の改訂版)がベストセラーになったが、新・新宗教ブームも下火になり、1998年には“宗教離れ”が定着したとされた[14]。第1次ブームを牽引した「新・新宗教」は以降、沈潜する。
 だが、「死」への関心は変わらず、死をやさしく語った絵本『葉っぱのフレディ』はベストセラーになった。2000年になると宗教離れもひと段落[15]するが、「死後の世界」の復権には至らない。2002年には岡部健医師らによる「お迎え」現象(死を前にした終末期患者が亡くなった近親者等の姿を見る現象)の調査研究が、2003年には東京大学文学部・大学院人文社会系研究科で「死生学研究」の刊行が始まるなど、宗教ではなく「死」や「死後の世界」の近接領域にアプローチする研究が目立ち始めた。
 
3.自己中心的な「死後の世界」<2005年ごろ~2008年ごろ>
 前世や守護霊、オーラなどを見るスピリチュアル・ブームが到来した。これは「第2次死後の世界ブーム」ともいえる。第1次ブームのキーワードを「臨死体験」とすると、第2次ブームは「前世」である。“行く先”としての「死後の世界」よりも、自分の前世という“来し方”と関連する「死後の世界」、自分の守護霊という狭い範囲での「死後の世界」が興味対象だった。宜保愛子のケースと同様、現世の出来事の要因と関連づけられる「前世」が展開され、「前世」は自己責任を回避するかのように用いられた。ブームはオウム真理教事件の影響が薄れたためとされたが、バッシングの強さからは、民放を除くメディアや識者の側には影響が残っていたと考えられる。
 このブームを牽引したのは「霊能者と民放」で、フォロワーは20~30代を中心とした女性。第1次ブームから、霊能者が宜保愛子から江原啓之に変わり、「霊視」が「スピリチュアル・カウンセリング」に、家から個人の時代へ変化したのに呼応して霊視対象が「先祖の霊」などから「個人の前世」になったが、ほぼ同質である。
 ブームの背景としては、第1次ブームと同じように、物質的価値観偏重からの脱却、既成宗教の影響力の低下などが指摘されたほか、科学でも宗教でもない新しいものへの希求、医療現場などで宗教の代わりにスピリチュアルケアが注目されるなどスピリチュアルへの関心の高さ、集団で暴走しかねない宗教と違って個人的な関わりであることへの安心、人生モデルが崩壊した現代に迷う女性の通過儀礼などとされた。
 だが、民放が醸成したブームの影響で、霊視や霊感商法に関する相談件数が2006年度に急増した[16]として、新聞報道や識者のコメントでは特に、テレビを中心としたメディアが霊界や死後の世界を実在するかのように扱うことへの批判が目立った。長崎県教育委員会の小・中学生対象の調査(次回以降参照)や、大学生対象の調査などで、霊魂等に肯定的な結果が出ると、そのメディア・リテラシーの欠如とともにテレビメディアが批判されることが多かった。批判を受けてメディアでの取り上げられ方も変化し、ブームはしぼんだ。
 
4.近しい死者が生き続ける「死後の世界」<2007年ごろ~現在>
<時代背景と「死後の世界」>
 2007年から団塊世代の定年退職が始まった。このボリューム層をターゲットにした「終活」情報がメディアで頻繁に取り上げられるようになった。平均寿命は延びたが長寿はリスクとされ、平穏死や尊厳死など延命治療を拒否して「死」を選ぶことが理想とされ、「死」についてオープンに語られることが増えた。また、専門家による遺族のためのグリーフケアが始まった。少数の者と濃密な関係を結ぶが他の人間関係は希薄という人が増え、親しい者を亡くした際の悲嘆が激しいうえに、周囲のグリーフケアが期待できなくなったからである。死者を身近に追慕する「手元供養」も広まり始めた。
 2006年末のNHK紅白歌合戦で歌われてヒットした「千の風になって」は、死者が「墓にはおらず、風になって」いると語りかける歌詞で、近しい人を亡くした人々から「癒された」と好評だった。この死者観は、墓の高騰や継承者の不在、環境意識の高まりなどを背景に、家墓を否定した永代供養墓だけでなく、樹木葬や散骨が普及した時代に相応とも言える。宗教界では、一部に歓迎ムードが見られたが、墓参りの否定やアニミズムに通じる歌詞に批判も噴出し、「死者の居場所」に関して議論が沸き起こった(次回以降参照)。
 2011年の東日本大震災は多くの犠牲者を出し、人々に「死」を自らの問題として突きつけた。結果的に、死後のゆくえにも関心を向かわせたようだ。2012年秋からは被災者の心のケアに取り組む臨床宗教師の養成が東北大学で始まった。近親者を失った悲しみや幽霊を見た悩みなどのケアに宗教者が活躍した。誤解であっても“霊の専門家”としての存在価値に気づかされた宗教界は、これまで避けてきた「死後の世界」の問題に否応なく向き合わざるを得なくなった(次回以降参照)。
 NHKは2012年になってようやく、臨床宗教師の主唱者でもある岡部健医師らが2002年から研究を始めていた「お迎え」現象を「クローズアップ現代」で取り上げた。さらに2013年にはNHKスペシャル「東日本大震災 亡き人との“再会”~被災地 三度目の夏に~」で、被災者たちの不思議な体験談を取り上げた。亡くなったはずの近親者が存在しているように感じられたという体験が、被災者の受け取り方をそのまま受容する形で、いくつも紹介された。
 「肉体は死んでも魂は生き続ける」と伝えることが死別を悲しむ人の救いになると、矢作直樹・東京大学医学部教授が臨床医として救急医療の現場で体験した霊的な出来事や亡き母との交霊などを記した『人は死なない』(2011年)は静かな話題を呼んだ。このような立場にある医師が霊を公に肯定するのは珍しく、2013年になるとメディアへの露出が増え、著書が立て続けに出版された。
 これらの多くは「他者の死」や、いわゆる「二人称の死」から展開された「死後の世界」である。「他者の死」を受容しきれない場合、「死者」が何らかの形で存在し続けていると考えることで、「生者」は次第に「死」を受容することができる。ここでは「死後の世界」の詳細な描写は不要で、そこで「死者が生き続けている」ことと、接点が「生者」に身近に感じられることが重要になる。「死後の世界」のイメージが明るくなっているという指摘もある[17] が、「追慕される死者の居場所」として想起される傾向が続くと、さらに明るいイメージに偏ってくるのではないだろうか。
<報道の特徴>
 2012年になると、臨床宗教師に付き物のように幽霊目撃談が報じられた。宗教記事データベースに登録された一般紙で、阪神大震災後3年間に震災と絡んだ幽霊話は皆無であるが、東日本大震災後3年間では17件に上る。宮城県内の宗教施設を対象にした東北大学の調査では、「霊的」もしくは「不思議な」現象を直接体験した人に会った宗教者が276人のうち69人に及んだ[18](次回以降参照)。「いる、いないは別にして見ているのは事実」[19]と幽霊談を事実としながらも幽霊の実在には中立的な報道が大多数だが、「研究者らも(幽霊に)遭遇する」「出るのは当たり前」[20]、「幽霊を見た人が多い・・・・・・読経したら見えなくなった」[21]など肯定的な報道や著者稿もあった。霊の存在を認めない教義もあるにも関わらず、“宗教者は霊の存在を認める”と伝えかねない報道も多かった。
 NHKはまた、2014年にNHKスペシャル「超常現象 科学者たちの挑戦」を放映し、幽霊や生まれ変わりなどの証明に取り組む科学者を紹介したが、結論としては、科学では未解明のものがあるというままで、それらの存在を逆に肯定するような形で終わった。
 オウム真理教事件以来の「死後の世界」に対する自主規制が新聞やNHKでも外れたといえる。巷に「霊」が氾濫する状況であるが、スピリチュアル・ブームの時のような識者からの批判はない。幽霊目撃談については、被災者の「心のケア=受容」が最優先ということもあるが、霊や不可思議な現象の証言者が無名の被災者であること、対応するのが主に“権威ある”伝統宗教の宗教者と研究者であることも、報道姿勢や反論の少なさに影響していると考えられる。最先端の科学への期待が高まる一方で、霊的な現象を否定してきた従来の「科学」の権威が失墜した影響もあるだろう。東日本大震災の影響などでグリーフケアが必要な層、「死後の世界」の存在を肯定したい層が増加しているからかもしれない。
 「第1次死後の世界ブーム」を牽引した3者のうち、これまで矢面に立たず、オウム真理教事件以降は慎重姿勢だった「NHKと識者」が高齢層を中心に2011年ごろから「第3次ブーム」を作りつつある兆しがうかがえる。事件から約20年、社会全般が再び「死後の世界」に寛容になったともいえるが、スピリチュアル・ブーム等で見られたバッシングとの落差を思うと、危うさがないのか気になるところではある。
 次の章では、現代日本人の「死後の世界」観を追っていく。
 
        「死後の世界」に関する主な出来事 
※< >内は一般的な出来事、太字は本文中に取り上げたもの
★臨死体験、●輪廻転生・前世、▲守護霊、霊視、■死後の世界、死者の霊、◎死一般
「死」「死後の世界」に関わる出版物、TV番組、主な出来事など
1971 ◎E・キューブラー・ロス(精神科医)『死ぬ瞬間』
1973 ・第三次宗教ブーム(1975年ごろ~1995年)
<オイルショック、五島勉『ノストラダムスの大予言』>
1976 ◎安楽死協会(現・日本尊厳死協会)発足
◎医療機関における死亡が自宅で死亡する割合を上回る
1977 ★■レイモンド・A・ムーディー・Jr.(医学博士)『かいまみた死後の世界』
1978 ・「阿含宗」立宗
1980 ■丹波哲郎『死者の書』(続編累計35万部)
1981 ▲■霊能者・宜保愛子、テレビ初出演
1982 ◎アルフォンス・デーケン上智大学教授「死への準備教育」提唱、「生と死を考えるセミナー」開始
■丹波哲郎『守護霊団』(30万部)
1983 ■丹波哲郎『丹波哲郎の死ぬ瞬間の書』(36万部)
1985  
1986 ●女優・シャーリー・マクレーン『アウト・オン・ア・リム』20万部超(米国で300万部)
1987 ■俳優・丹波哲郎『大霊界』(シリーズ累計250万部)
・全国霊感商法対策護士連絡会発足
1988  
1989 ★■レイモンド・A・ムーディー・Jr.『続・かいまみた死後の世界』
★■映画「丹波哲郎の大霊界」(「大霊界2」と合わせて動員数300万人)

・「オウム真理教」宗教法人化
1990 ●イアン・スティーヴンソン(米ヴァージニア大学精神科教授)『前世を記憶する子どもたち』
■映画「丹波哲郎の大霊界2」
▲■霊能者・宜保愛子「霊視」TV番組が流行(~1995年ごろまで)

◎死亡率が上昇に転じる
1991 ●■『チベット死者の書』など宗教漫画発刊が相次ぐ
■▲霊能者・宜保愛子『宜保愛子の幸せを呼ぶ守護霊』『宜保愛子の死後の世界』年間ベストセラー10位・11位
※1
★NHKスペシャル「臨死体験」
★月刊誌『文藝春秋』立花隆「臨死体験」連載1991年8月~1994年4月
・「葬送の自由をすすめる会」発足、初の「自然葬(散骨)」
・「永代供養墓」ブーム
・「幸福の科学」宗教法人化
<湾岸戦争、バブル崩壊>
1992
 
●カール・ベッカー(宗教学者)『死の体験』
◎「脳死臨調最終答申」脳死者の臓器移植容認へ
1993 ●■NHKスペシャル「チベット死者の書」
・大槻義彦・早稲田大学教授などによる宜保愛子真偽論争
1994 ◎タレント・永六輔『大往生』230万部
★作家・立花隆『臨死体験』(初出『文藝春秋』1991年8月~1994年4月)
1995 ・オウム真理教事件、“宗教ブーム”の終焉
・阪神・淡路大震災(死者6434人)
1996 ■『サンデー毎日』「死後の世界」研究10回連載(1996/10/27~1996/12/29)
1997 ■「幸福の科学」大川隆法総裁『永遠の法』年間ベストセラー2位※1
■寺内大吉・浄土宗宗務総長「死後の世界はない」発言で辞表・再選

◎臓器移植法成立(脳死者からの臓器移植を容認)
1998  
1999 ◎レオ・バスカーリア作、絵本『葉っぱのフレディ』ベストセラーに
・岩手県一関市祥雲寺、日本初の「樹木葬」
<世紀末、ノストラダムスの予言に基づく人類滅亡説>
2000  
2001 <米国同時多発テロ>
2002 ◎岡部健医師らによる「お迎え」現象の調査研究
・文部科学省「心のノート」配布(命の大切さ)
■福田康夫官房長官「官邸に幽霊が出る」発言
2003 ■朝日新聞・天声人語で「千の風になって」が取り上げられ、次第に話題に
◎東京大学文学部・大学院人文社会系研究科「死生学研究」刊行開始
・葬儀費用平均236万円(日本消費者協会調べ)でピーク、以降、下り坂
2004  
2005 ▲スピリチュアル・カウンセラー江原啓之、テレビ朝日系列「オーラの泉」(~2009年)
◎長崎県教育委員会「生と死」調査(小・中学生対象)「死んだら生き返る」
・日本の人口「自然減」に
2006 NHK紅白歌合戦で秋川雅史が「千の風になって」を独唱
2007 ■秋川雅史シングルCD「千の風になって」ミリオンセラーに
■全国霊感商法対策弁護士連絡会、放送倫理・番組向上機構に「死後の世界」や霊界について断定的に取り上げる番組の是正を求める要望書を提出
・日本スピリチュアルケア学会設立
<団塊の世代、定年退職へ>
2008 ◎滝田洋二郎監督、映画「おくりびと」(興収64.8億円、邦画3位)
◎諸岡了介、相澤出、田代志門、岡部健「現代の看取りにおける〈お迎え〉体験の語り」『死生学研究』
・直葬の増加
<リーマン・ショック>
2009 ・日本初の「グリーフケア」研究所、聖トマス大学に開設
◎臓器移植法改正
・『週刊朝日』「現代終活事情」19回連載(2009/8/14~2009/12/25)
2010 ◎島田裕己『葬式は、要らない』(約25万部)
2011 ■矢作直樹・東京大学教授『人は死なない-ある臨床医による摂理と霊性をめぐる思索』(7万部)
◎砂田麻美監督、映画「エンディングノート」(日本製ドキュメンタリーとしては異例の公開73日で興収1億円突破)
・文部科学省「心のノート」配布中止、ネット掲載に
・東日本大震災(死者15889人、行方不明者2609人[22]
2012 ◎ユーキャン新語・流行語大賞トップ10に「終活」
◎NHKクローズアップ現代「天国からの“お迎え”~穏やかな看取りとは~」
・東北大学大学院文学研究科実践宗教学寄付講座「臨床宗教師」養成開始

<マヤ暦の終焉に基づく人類滅亡説>
2013 ★エベン・アレグザンダー『プルーフ・オブ・ヘヴン――脳神経外科医が見た死後の世界』(米国で200万部)
■NHKスペシャル「東日本大震災 亡き人との“再会”~被災地 三度目の夏に~」
◎『終活読本ソナエ』創刊
・文部科学省「心のノート」復活
■参議院議員より「官邸に2.26事件の幽霊が出るのは事実か、安倍首相が引越ししないのはそのためか」と質問主意書、政府は「承知していない」と答弁
2014 ■NHKスペシャル「超常現象 科学者たちの挑戦」
※1.1991年は全国出版協会出版科学研究所、東販調べ、
  1997年はトーハン調べ
[1] 『読売新聞』2009年3月17日夕刊、末木文美士『現代仏教論』2012年8月
[2] 清水雅人「終末観に彩られる第三次宗教ブーム」『朝日ジャーナル』1985年9月20日
[3] 井上順孝『読売新聞』1994年7月13日 井上は、「宗教を信じている」と答えた人は1979年以降、減少傾向であり、宗教ブームは幻影で「宗教情報ブーム」が正しいと主張。
[4] 『毎日新聞』1991年7月9日夕刊
[5] オウム真理教が起こした新宿駅青酸ガス、都知事あて小包爆弾事件で殺人未遂罪などに問われたオウム真理教「法皇官房」所属・富永昌宏被告の入信動機は、「「死と死後の世界の疑問に解答を得られるのではないか」(『読売新聞』1996年6月10日)
[6] 『京都新聞』1993年10月28日
[7] 『週刊ポスト』1991年4月12日
[8] 丹波哲郎『死後の世界の証明』廣済堂出版(1983年)の広告サブキャッチコピー「死は、もう恐くない」、『丹波哲郎の霊界問答』中央アート出版社(1981年)の広告サブキャッチコピー「死を恐れてはいけない」、『新潮45』1989年12月号ひろさちや「どの宗教が死の恐怖を取り除くか」
[9] 『読売新聞』1993年10月2日夕刊
[10] 『読売新聞』1993年10月12日
[11] 『サンデー毎日』1996年10月27号~1996年12月29号
[12] 『朝日新聞』1997年6月21日
[13] 『産経新聞』1997年9月30日夕刊、『毎日新聞』1997年10月1日
[14] 『読売新聞』1998年5月30日
[15] 『読売新聞』2000年3月2日
[16] 『日本経済新聞』2008年1月22日
[17] 理由や背景は異なるが米国で地獄が消えたということについては「変わりゆく天国」『NEWSWEEK』1989年4月13日号、日本の映像作品については堀江宗正「きれいで明るい死後の世界」『東京大学文学部次世代人文学開発センター研究紀要27』 2014年3月号などを参照されたい。
[18] 『朝日新聞』2013年12月31日
[19] 『産経新聞』2012年1月18日
[20] 『毎日新聞』2013年11月21日
[21] 西山厚「仏教に何ができるか」『毎日新聞』奈良版2013年5月22日
[22] 警察庁緊急災害警備本部「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震の被害状況と警察措置」2014年8月8日