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宗教情報

宗教情報センターの研究員の研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2012/12/25

2012年の国内の宗教関連の出来事

宗教情報

藤山みどり(宗教情報センター研究員)

   東日本大震災から1年経って2012年には震災関連の報道はかなり減ったが、震災や原発事故からの復興は道のり半ばである。原発事故を機に脱原発運動が広がり、7~8月に公募した国民の意見では2030年代に「原発ゼロ」を求める声が9割弱を占め、民主党政権は「2030年代に原発ゼロ」方針を9月に掲げた。だが12月の衆院選で脱原発に慎重な自民党が圧勝したため、方向転換が予測される。民主党政権は「女性宮家」創設案を含む皇室典範の改正に関する論点整理を10月に発表したが、こちらも白紙に戻ると見込まれる。
   このほか金環日食の観測(5月)、東京スカイツリーの開業(5月)、ロンドン五輪で史上最多のメダル38個を獲得(7~8月)、山中伸弥・京都大学教授にノーベル生理学・医学賞授与が決定(10月)など輝かしい出来事も多かったが、韓国の李明博大統領の竹島上陸強行(8月)、尖閣諸島の国有化(9月)による日中関係の悪化など、周辺諸国との間に緊張が高まった1年でもあった。
   これらを踏まえて、この1年間の国内の宗教関連の出来事を振り返ってみたい。下記は、筆者が任意に選んだ出来事である。なお、2012年に起きた国内・海外の宗教ニュースの詳細は、来春発行予定の『宗教と現代がわかる本 2013』(平凡社)を参照されたい。
 
2012年の国内の宗教関連の主な出来事
 1月    特別手配のオウム真理教元信者・平田信容疑者逮捕
 1月    池田大作創価学会名誉会長、脱原発を提言
 2月    砂川・空知太(そらちふと)神社の政教分離訴訟、差し戻し上告審の最高裁で住民側敗訴確定
 4月    東北大学「実践宗教学寄附講座」開設、臨床宗教師養成へ
 4月    天皇・皇后両陛下、火葬を検討と宮内庁が発表
 5月    横浜地裁、「神世界」トップに懲役5年の実刑判決
          (12月 控訴審の東京高裁は、懲役4年6カ月に減刑)
 6月    初の「神社検定」実施、5556人が受験し、4606人が参級に合格
 6月    6歳未満の幼児が改正臓器移植法に基づき初の脳死判定、臓器移植を実施
 6月    特別手配のオウム真理教元信者・菊地直子容疑者、同高橋克也容疑者逮捕
 7月    浄土宗の公金不正流用事件訴訟、先物取引会社が宗派に5億円支払う内容で和解
 7月    明治天皇百年式年祭
 8月    世界宗教者平和の祈り、原発を問題視した「比叡山メッセージ2012」を発表
 8月    都立小平霊園の樹林墓地の第1回抽選、16.3倍の人気
 8月    自殺総合対策大綱5年ぶりの見直し、いじめ自殺対策を強化
 9月    ロシア正教会キリル総主教、来日
 9月    曹洞宗、懺謝文の公式サイトへの掲載を一時中止
 9月    オウム真理教事件、捜査終結
10月    古事記1300年・出雲大社大遷宮 特別展「出雲―聖地の至宝―」が東京国立博物館にて開催(~11月)
11月    新嘗祭、天皇陛下の「夕の儀」出席時間短縮
11月    訪日中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世、国会内で初講演
 
  宗教界の動きは、震災のせいもあろうが、国内向けの活動が目立った。対外的な活動としては、真宗大谷派が宗祖親鷺聖人750回御遠忌(2011年)の記念事業として進めてきた、親鸞が著した『教行信証』を仏教学者・鈴木大拙が英訳した『英訳教行信証』の改訂版を10月にオックスフォード大学出版局から出版したことが挙げられる。一方、海外の宗教者の日本における活動としては、後述するダライ・ラマ14世の訪日のほか、ロシア正教会キリル総主教が日本に初めて正教を伝えた宣教師聖ニコライ没後100年記念行事に参加するため10月に来日し、被災地を訪問して祈りを捧げたことなどがある。では、震災関連の宗教界の動きから見ていくこととする。
 
■東日本大震災関連の動き
【震災復興は問題が山積】
 被災した宗教施設の自力再建が難しいなかで、神社本庁の支援事業による再建第1号となる新山神社(宮城県石巻市)の社殿が10月末に完成した。神社本庁が総工費を全額負担し、伊勢神宮(三重県伊勢市)からヒノキ材の無償提供を受けて完成したもので、同様の支援事業によって年内に8つの本殿が完成する予定という[1]。中越・中越沖地震などでは復興基金から神社・堂・祠の復興に補助金が得られたが、東日本大震災では行政主体の復興のため政教分離の観点から支援が得られず、遅々として進んでいない。この点に関しては、宗教界が結集して取り組まねばならない課題として積み残されている。
 さらに難問山積であるのは原発事故によって避難を余儀なくされた宗教施設である。18カ寺でつくる「東京電力原発事故被災寺院復興対策の会」は東京電力(東電)と直接交渉を進め、9月にようやく宗教施設の移転費用の賠償請求ができるとの回答を引き出したが詳細は不明で、移転先の確保は認められなかった[2]。東電による損害賠償は他の被災者に対しても進んでいない。宗教施設を含めて被災者への支援体制が望まれる。
 
【震災を機に見直された宗教の公共性】
 震災は大きな被害をもたらしたが、宗教の公共性を意識させるきっかけともなった。脱原発運動に対する宗教界の反応と、遺族ケアから生まれた新しい試みに注目しよう。
1.原発に関するメッセージ発信
 脱原発運動が高まるなかで、2011年11月に日本カトリック司教団が全原発の即時廃止を求めるメッセージを出し、「原子力発電に依存しない社会の実現」を9月に宣言した臨済宗妙心寺派の河野太通管長が会長を務めていた全日本仏教会が、12月に「原子力発電によらない生き方を求めて」との宣言文を発表して話題となったが、2012年も各教団が原発に関するメッセージを相次いで発表した。
 1月には創価学会が池田大作名誉会長の名前で、原発に依存しないエネルギー政策への転換を提言した。2011年11月に発表した宗派の見解で原発の是非について判断を回避した曹洞宗は、2月の宗議会で「原子力発電に頼らない安心できる社会の実現に向けて、省エネルギーのための取り組み推進を求める決議文」を採択した。3月には日蓮宗が「原子力発電にたよらない持続可能なエネルギーによる社会の実現」をめざすとの東日本大震災復興支援に関する声明を、また日本基督教団が全原発の廃炉と稼動停止を求める議長声明を発表した。4月には、真宗大谷派が解放運動推進本部長名で原発再稼動に対する宗派の見解を出し、全原発の運転停止と廃炉を通して原子力に依存しない社会の実現を求めた。同派はさらに6月に、大飯原発再稼動表明に対して宗務総長名で、原発の再稼動に反対する声明を発表した。同派は2011年12月末にも首相宛てに「原子力発電所に依存しない社会の実現にむけて」要望書を提出している。6月には、立正佼成会も「原子力発電によらない、真に豊かな社会」の実現を可能な限り速やかに築き上げていくとする声明を発表した。
 8月に天台宗総本山の比叡山延暦寺などで開催された「世界宗教者平和の祈りの集い」では、「原発を稼働し続けることは宗教的、倫理的に許されることではない」という文言を盛り込んだ「比叡山メッセージ2012」が発表された。
  メッセージの多くは「いのちの大切さ」などを主眼にし、節電など自らの取り組みを呼びかけるものが多く、政治色は薄い。キリスト教団や真宗大谷派のように全原発の稼動停止や廃炉を求めた宗派もあるが、“脱原発”宣言のなかには、原発関連産業に従事する信者や政財界等への配慮からか、政治家の答弁のように“脱原発”の訴えがあいまいなものも多かった。世論への迎合、具体策を伴わない理想論との批判も見られたが、社会に向けて発言したということに、まずは意義を認めるべきであろう。
 
2.「臨床宗教師」の養成開始
 震災後、宮城県仙台市の斎場に、遺族ケアのため宗教関係者が開設した「心の相談室」が契機となって、4月から東北大学にキリスト教系団体「東北ディアコニア」からの寄付によって3年間の予定で「実践宗教学寄附講座」が設置された(関連レポート参照)。同講座では、悲嘆を抱える人々のケアにあたる宗教者である「臨床宗教師」を養成する。「臨床宗教師」は、海外では活躍しているキリスト教を背景としたチャプレンの日本版という[3]
  「臨床宗教師」の提唱者で、在宅ケアに長く従事してきた岡部健医師は、残念ながら9月末に他界したが、10月末から第1回「臨床宗教師研修」が始まった。講義は東北大学宗教学講座の鈴木岩弓教授、元長岡西病院ビハーラ僧の谷山洋三准教授(真宗大谷派僧侶)などが担当する。研修は全8日間で、①「傾聴」と「スピリチュアルケア」、②「宗教間対話」「宗教協力」、③宗教者以外の諸機関との連携方法、④幅広い「宗教的ケア」の提供方法などを学び、仮設住宅での傾聴実習も行う。応募資格は「信徒の相談に応じる立場にある者」で、全国各地からの応募で定員枠はすぐに埋まったという[4]
 20~50代の宗教者12人は、僧侶、牧師、イスラム教徒、仏教徒など宗教的背景はさまざまだが、受講者が互いの宗教を理解し、尊重することをも学び合った。異なる宗教背景をもつケア対象者に対応できるようにするためでもある。こうして宗教や宗派を超えて、布教活動とは一線を画して協働することで、公共性をもった活動をめざすという[5]。この新しい試みは、宗教界から大いに注目を集めている。2013年夏までに資格制度の枠組みをつくる計画だという[6]。「臨床宗教師」が、被災地支援を超えて活躍できたとき、その真価が問われることだろう。
 
■宗教界内部の新しい動き
 宗教界には「臨床宗教師」のほかにも活性化を図る新しい試みが見られた。
【仏教界の新しい試み】
 まだ先の話ではあるが、2013年4月から臨床仏教研究所が大正大学で「臨床仏教師」育成のための連続公開講座を始める。これはチャプレンの仏教版をめざすもので、「臨床宗教師」と似ている。受講生は20~40代の若手僧侶と仏教徒が想定されており、座学30時間、ワークショップ30時間、現場実習100時間のプログラムに参加したあと、筆記・面接試験を経て、臨床仏教師(臨床仏教カウンセラー)として資格認定される[7]
 若手仏教者の育成に関しては、超宗派の僧侶養成プログラム「未来の住職塾」が5月から開講した。超宗派によるインターネット寺院「彼岸寺」の創設者で、2011年にインドでMBA(経営学修士)を取得した浄土真宗本願寺派光明寺僧侶の松本紹圭さんが塾長で、経営戦略やマーケティング、財務など経営学の観点から寺院運営が学べる。講義は2013年3月まで、京都と東京、金沢、広島、札幌、新潟の会場で各6回実施される。
 一方、臨済宗妙心寺派では4月に設置された宗門活性化推進局が、後継者対策として定年退職者にねらいを付け、出家を呼びかけるリーフレットを東証一部上場企業60社の人事部宛てに11月1日付けで送付した。企業を通して人材募集をするのは、宗教界では初の試みという[8]。同局顧問で元・横河電機役員の柴田文啓・開眼寺住職らが、企業に赴いてリクルート活動を行うという。こちらも端緒に付いたばかりであるが、年度末までに25人程度の出家希望者を集めることを目標としている[9]
 また、日蓮宗京都府第一宗務所は、インターネットの動画配信サイト「USTREAM(ユーストリーム)」を用いて仏教の魅力を伝えるテレビ局「Hokke・TV(ホッケ・ティービー)」を11月に正式開局させた[10]。法華寺住職の杉若恵亮(えりょう)さんなどが運営する同局の番組は、日蓮宗寺院を訪問する「寺院探訪」、英語による法話「DHARMA TALK」、音楽番組「ザ・ブディリズム」やトーク番組などバラエティに富んでいる。
 いずれも仏教界の話で、成果が明らかになるのはまだ先であるが、保守的な仏教界に改革の風を期待したい。
 
【神道検定の実施】
 6月には、日本文化興隆財団が主催する初の「神社検定(神道文化検定)」が実施された。宗教がテーマの検定は初めてで、初回は神社と神話の基礎的な知識を問う参級(3級)のみで、神社本庁監修の100問がマークシート方式で出題された。受験者数は全国38会場で5556人、8月に発表された合格者数は4606人だった。2013年6月には、「遷宮と神社」の知識を問う弐級(2級)の試験が初めて行われる予定だ。
 初回は受験者が多いが、回を重ねるにつれて先細りとなる例は多い。2011年に始まった「宗教文化士」の試験は、初回(2011年11月)は91人が受験、2回目(2012年6月)は42人、3回目(2012年11月)は25人と受験者が漸減している[11]。合格者に意義が実感できる仕組みの整備も必要であるが、宗教への関心を深める検定や試験は、宗教界全体で大切に盛り立てていきたいものである。
 
■宗教関連行事
 次に宗教関連の行事をまとめておこう。
【神道関連行事】
 天皇陛下が臨まれる宮中祭祀では、最も重要とされる11月の新嘗祭で、「夕(よい)の儀」における陛下の拝礼時間が初めて短縮された。天皇陛下の負担軽減のため、「暁の儀」は2009年から短縮されており、初めて両方の儀が短縮された新嘗祭となった。
明治天皇が崩御されてから100年に当たる7月には、皇居の皇霊殿と、明治天皇陵である伏見桃山陵(ふしみのももやまのみささぎ)で「明治天皇百年式年祭の儀」が行われた。明治天皇を祭神とする明治神宮(東京都渋谷区)では「明治天皇百年祭」が催された。
 2012年は神道関連の催しが多かった。2012年が古事記編纂1300に当たり、2013年が60年ぶりの出雲大社の大遷宮に当たることから、古事記1300年と出雲大社大遷宮を記念した特別展が、京都国立博物館(7~9月)と東京国立博物館(10~11月)に開催された。同展では、鎌倉時代の出雲大社本殿を支えていたとみられる直径1.3メートルの杉柱を3本束ねた宇豆柱(うづばしら・重要文化財)や、2012年4月に初公開された出雲大社の宮司を務める千家家(せんげけ)に伝わる大社の本殿の平面図「金輪御造営差図(かなわごぞうえいさしず)が公開された。京都展には同館が過去5年間に行った夏期展示で最多[12]の7万9218人が訪れ、東京展には13万7646人が訪れる盛況ぶりだった。
 2013年は伊勢神宮の式年遷宮の中核をなす祭儀、遷御(せんぎょ)が行われる年でもあり、主要な行事を控え、伊勢神宮の祭主を務める天皇陛下の姉の池田厚子さんの補佐役として、天皇家の長女の黒田清子さんが臨時神宮祭主に4月に就任した。
 
【天台宗の祖師先徳讃仰大法会が開始】
 仏教関連の行事としては、浄土真宗本願寺派本山・西本願寺)で2011年4月から営まれてきた「親鸞聖人750回大遠忌法要」が1月に終了した。期間中には西本願寺や門前町などを延べ約140万人が訪れたという[13]
 代わって天台宗では、4月から10年間に渡る「祖師先徳讃仰大法会」が始まった。第3世天台座主・慈覚大師の1150年御遠忌(2013年)、日本の浄土教の祖である恵心僧都の一千年御遠忌と宗祖・伝教大師の御生誕1250年(2016年)、回峰行の祖とされる相応和尚(そうおうかしょう)の1100年御遠忌(2017年)、伝教大師1200年大遠忌(2021年)が行われる。
 
■宗教関連の事件
 宗教関連の事件では、社会情勢を反映したような事件が見られた。
【オウム真理教事件の捜査終結】
 2011年末にオウム真理教事件で特別手配されていた元信者の平田信容疑者の出頭を後押ししたのは、震災だった。平田容疑者は、「震災で罪のない人がたくさん亡くなり、思うところがあった」「2011年のうちに出頭したかった」などと供述した[14]。この出頭・逮捕がオウム真理教事件への関心を呼び戻し、6月の菊地直子容疑者そして高橋克也容疑者の逮捕へとつながった。約17年間も逃亡していた特別手配犯3人の起訴により、一連のオウム真理教事件の捜査は9月に終結した。
 だが、公安審査委員会は、オウム真理教の主流派「Aleph(アレフ)」と分派の「ひかりの輪」を元代表の松本智津夫死刑囚への絶対的帰依を説く、オウム真理教と同一団体とみなし、団体規制法に基づく観察処分の対象としている[15]アレフは、1995年に起きた地下鉄サリン事件を知らない若い世代をターゲットに活発な勧誘活動を行っている。公安調査庁によるとアレフの信者は約1300人で、2011年には前年に獲得した信者数90人以上を大幅に上回る205人を獲得した。新規信者は62%が35歳未満、地域別にみると3割強が北海道の信者で、これは勧誘が上手な信者がいるためという[16]
 その手法は大学構内でヨガサークルを装っての勧誘や、インターネットのSNS(ソーシャルネットワークサービス)上で占いや精神世界に関心をもつ人に接近して勧誘するなど。公安調査庁が12月に発表した報告書によると、アレフと「ひかりの輪」を合わせて、2012年に入信した信者は255人で、団体規制法の観察処分を受けた2000年以降最多となった[17]。オウム真理教事件が発覚したとき、既存宗教の間隙を縫って多くの信者を獲得していたことに驚きの声が上がったが、同様の状況があるようだ。
 
【終結したその他の事件】
 その他の事件に目を向けると、有限会社「神世界」グループの霊感商法事件の集団訴訟は、「神世界」側が原告48人に計約3億5千万円を、また原告以外の計113人に計約1億5千万円を支払うことで1月に東京地裁で和解が成立した。7月の官報には、同グループの解散公告が掲載された。組織的詐欺の罪に問われた“教祖”の斉藤亨被告には5月に横浜地裁で懲役5年の実刑判決が、12月の控訴審の東京高裁では減刑されたもののやはり実刑判決(懲役4年6カ月)が言い渡され、この事件も終結に向かっている。
 このほか教団が絡んだ訴訟も終結した。政治評論家の矢野絢也・元公明党委員長と、創価学会などとの間の訴訟は、2月に双方が訴えを取り下げて終結した。矢野氏は、『文藝春秋』に発表した手記内容を非難され、評論活動を妨害されたなどとして2008年に創価学会などに損害賠償を求めて提訴していたが、訴えを取り下げた[18]。一方、創価学会の谷川佳樹副会長は、この提訴に関する『週刊新潮』の記事で名誉毀損されたとして矢野氏らに損害賠償を求めて提訴していたが、こちらも訴えを取り下げた。この控訴審である東京高裁が「争いの継続は両者の関係、社会的立場から好ましくない」と訴訟終結を勧告し、双方が受け入れたためという[19]
 また、浄土宗の元宗務庁財務局課長補佐が先物取引会社コムテックスの勧誘を受け、宗派の公金約7億4500万円を商品先物取引に流用した事件(2006年5月発覚)は、大阪高裁の控訴審でコムテックス社が浄土宗に5億円を支払う内容で7月に和解が成立した[20]
 
【国際関係が絡んだ事件】
 2012年には日中・日韓関係が悪化したが、その国際関係を反映したような事件もあった。2011年12月に靖国神社の神門が放火された事件について、1月にソウルの日本大使館に火炎瓶を投げて韓国警察に逮捕された中国人の男が、犯行を自供した。「祖母が日本軍の慰安婦だった」と主張する男は、2011年12月の慰安婦問題に関する野田佳彦首相の発言に憤り、犯行に及んだと動機を語った[21]
 曹洞宗は9月に、過去の戦争協力などを詫びた宗派の「懺謝文(さんじゃもん)」の公式サイトへの掲載を約1カ月間、中止した。韓国の東国寺に日本人僧侶が寄贈した懺謝文を刻んだ石碑の除幕式に、宗務庁の財務部長が出席したとの誤報が韓国メディアの日本版サイトで伝えられ、宗務庁に抗議が殺到したためである[22]。宗派は建碑には無関係だったが、韓国との緊張が最高潮に達した時期に誤報が出たことが、騒動を大きくした背景にある。同派は著作権法違反だとして、寄贈した僧侶に石碑の撤去を要求したが、僧侶側は要求を拒否している[23]
 11月には訪日中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世が国会内で初めて講演をした。参院議員会館での講演会には超党派の国会議員ら135人が出席し、同日付で出席者らが「チベット支援国会議員連盟」を結成した[24]。これは、チベットの民主化支援というよりも、自民党・安倍晋三総裁など対中強硬派の政治家が宗教者を利用した動きという側面が強いようだ。
 中国や韓国との政治問題は、中国や韓国と関わりが深い教団の宗教活動に否応なしに影響を及ぼす可能性もあるため、今後も政局に注意が必要であろう。
 
■宗教と関連する社会風潮
 以上、宗教界の動きを見てきたが、最後に宗教界と関連する社会風潮も取り上げておく。
【減少した自殺者数】
 警察庁がまとめた11月末までの2012年の自殺者数は25754人で、年間自殺者数は15年ぶりに年間3万人を下回る見通しとなった。政府は「自殺対策基本法以降の様々な取り組みが効果を上げた」と分析しているが、「日本いのちの電話連盟」によると相談者数は増加傾向にあり、支援はまだ足りないという[25]。自殺者減少といっても、若年層の自殺は増加している。2012年版『自殺対策白書』によると、2011年は学生や生徒の自殺者数が1029と1978年の調査開始以来初の1千人超となった。自殺の動機を見ると、特に20代以下の若者の「就職失敗」による自殺者数が2009年を境に急増している。
 また政府は8月に、2007年の策定以降初めて「自殺総合対策大綱」を見直し若年層の自殺対策や自殺未遂者向けの対策を充実させる方針を打ち出した。
 宗教界も引き続き、遺族ケアや若年層のフォローを含めた自殺対策を行っていく必要があるだろう。伝統的な宗教界は高齢者向けの取り組みは比較的充実しているが、若年層に対するアプローチはまだ試行中のようだ。若手からの発想で、若年層向けの取り組みの充実が望まれるだろう。
 
【宗教関連本が好調】
 若手僧侶たちが隔月発行している無料情報誌『フリースタイルな僧侶たちのフリーマガジン』は、僧侶へのインタビューなど宗教関連の情報を掲載している。発行部数は、3年半弱で創刊号の1500部から1万部にまで増加した[26]。若手僧侶らの発想による取り組みの成功例と言えるだろう。
 2012年は前年に引き続き、宗教関連本が好調だった。変化球で宗教界を捉えたものが話題となった。3月に発売された『美坊主図鑑』(廣済堂出版)は、宗派を超えたイケメン若手僧侶41人の写真とプロフィールを掲載し、発売約2カ月で約1万部を売り上げた[27]。千葉県南房総市延命寺所蔵の地獄絵に独自のストーリーを付けた『絵本 地獄』(宮次男監修、白仁成昭他構成、風濤(ふうとう)社、1980年刊)は約30年間の総売上げが約11万部のロングセラーだったが、2011年11月に育児漫画『ママはテンパリスト』(東村アキコ作、集英社)で「しつけに役立つ」と紹介されてから売れ行きが急増し、半年間で約10万部を売り上げた[28]。シスターの渡辺和子・ノートルダム清心学園理事長が人生の指針を書いた『置かれた場所で咲きなさい』(幻冬舎、4月発売)は80万部のベストセラーとなった。この本の購買層の中心は20代で、「現状でもがんばれば好転すると、実は言ってほしかった」という感想が多かったという[29]
 宗教離れが言われて久しいが、震災で問題意識が内面に向かった人々、あるいは雇用情勢の悪化などで悩んでいる若者たちが、精神的なものを渇望しているように見受けられる。伝統的な宗教界が見落としている、このような若者の内的な欲求を、若者を多く獲得している新興教団は上手にすくい取っているところもあるのではないだろうか。
 米国の調査機関ピュー・リサーチ・センターが12月に発表した調査では、キリスト教、イスラム教に続き、無宗教の人口が3番目に多かったという。日本は人口の半数以上に当たる約7200万人が無宗教で、中国の次に多かったという。だが、無宗教とされる人たちの多くが何らかの精神的な信仰を持っていることも指摘されている[30]。また、内閣府が8月に発表した「国民生活に関する世論調査」(6~7月調査)の結果では、「これからは心の豊さか、まだ物の豊かさか」という問いに、「心の豊かさ」と回答した比率が64.0%と、1972年に同質問を始めて以来、過去最高となった。内閣府の担当者は「東日本大震災後、人との絆や家族関係を重視する傾向が強まっている」と分析している[31]
 この“何らかの精神的な信仰”や“心の豊かさ”に通じるものを宗教界が提供していくことができれば、そこに活路が見出せるだろうが、これは難しい課題かもしれない。
 
【「終活」が流行】
 無宗教と言えば、読売新聞社が2月から3月中旬にかけて行った全国世論調査では、自分の葬式を無宗教で行ってほしい人は48で、「そうは思わない」が50%と2分された。震災で伝統的な葬儀の役割を見直された感もあったが、全国的にみると厳しい現状があるようだ。さらに、仮に自分の葬式を仏教式で行う場合、戒名(法名)は「必要ない」と答えた人は56で「必要」とした43%を上回った。通夜や告別式を行わずに火葬する「直葬」も「とくに問題ない」が72と多数派だった[32]
 葬儀の変化は天皇、皇后両陛下にも及びそうである。宮内庁は4月に、天皇、皇后両陛下の「ご喪儀」は慣例の土葬ではなく、火葬の方向で検討すると発表した[33]
 一般の人々に話題を戻すと、葬儀の変化に伴って埋葬方法も変わってきている。都立霊園で初めて小平霊園(東村山市など)に完成した樹林墓地の第1回抽選が8月に都庁で行われた。樹木の下に埋葬される樹林墓地の使用料は遺骨1体分が13万4千円、粉状遺骨では1体4万4千円で、年間管理料不要と、同霊園の一般墓地で最も面積が小さいタイプ(1.8平方メートル)が使用料約145万円[34]に加えて年間管理料もかかるのに比べて手頃で、500体分の倍率は16.3倍に達した。特に生前申し込み分の人気が高く、1人用の遺骨30体分は32.0倍、2人1組の遺骨100体分は31.1倍の狭き門となった。
 65歳以上の高齢者が総人口の23.3%[35]を占める高齢社会で、また震災や今後想定される大地震によって死を意識させられた人々が増えたためか、人生の終焉を自分で準備する「終活」が話題となっている。ユーキャン新語流行語大賞の審査委員会が選ぶ2012年の新語・流行語大賞のトップテンにも「終活」が選ばれた。この言葉は『週刊朝日』で2009年に連載された「現代終活事情」で広まった。2012年にも新聞や週刊誌などで、葬儀や墓の準備、相続や遺言、身辺整理などに関する連載が組まれた。10月に難病のため急逝した流通ジャーナリストの金子哲雄さんが、自身の葬儀をプロデュースするなど闘病中に「終活」をしていたことも話題となった。
 今後の年間死亡数は、2040年に166.9万人のピークを迎えるまで増加し続けるという国立社会保障・人口問題研究所の推計値もあり、「終活」をビジネスチャンスと見る企業も多い。保険や信託などの金融業界や葬儀業界のほか、多くの業界が「終活」市場に参入している。2011年10月からは終活カウンセラー協会が、相続や遺言、葬儀、墓などの相談にのる「終活カウンセラー」の検定試験を開始している。文具の製造販売を行うコクヨS&Tが2010年9月に発売した「エンディングノート<もしもの時に役立つノート>」(税別1400円)は、入院や相続などのときに役立つ情報が1冊に記入できる仕様で、約2年間の販売数は30万冊以上に達している。購入者は高齢者ばかりでなく、20~40代が3割を占めるという[36]
 「終活」は、震災後に高まった死後の世界、「あの世」への関心とも通じるものが感じられる。「臨床宗教師」の提唱者である岡部健医師の死生学研究で脚光を浴びた「お迎え」体験(亡くなる前に患者が、すでに亡くなった親族の姿や声などを見聞きすること)や「あの世」の話題が、近ごろは新聞などでもよく取り上げられるようになった。このような事柄・疑問への対応と、墓や葬儀などの問題も含めて、宗教界も「終活」に関わる意義は大きい。すでに取り組んでいるとは思われるが、さらなる活躍を期待したい。
 
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  こうして2012年を振り返ってみると、東日本大震災を機に宗教界が新しい次元へと跳躍したような出来事やひとつの区切りを付けたような出来事が多く見られる。新しい試みについては、無事、軌道にのることを祈りたい。



 

※レポートの企画設定は執筆者個人によるものであり、内容も執筆者個人の見解です。
[1] 『産経新聞』2012年10月23日、『河北新報』2012年10月31日
[2] 『中外日報』2012年9月22日
[3] 『中外日報』2012年9月15日
[4] 『SOGI』No.131 2012年9月10日
[5] 『朝日新聞』2012年11月20日
[6] 『東京新聞』2012年12月21日
[7]  神仁「『臨床仏教』の提唱」『中外日報』2012年8月11日
[8] 『中外日報』2012年11月8日
[9] 『中外日報』2012年7月19日
[10] 『産経新聞』京都版2012年11月13日
[11] 『中外日報』2012年12月13日
[12] 『山陰中央新報』2012年9月12日
[13] 『京都新聞』2012年1月17日
[14] 『毎日新聞』2012年1月4日
[15] 『朝日新聞』2012年1月24日。公安調査庁は、「ひかりの輪」は“脱麻原”をアピールしているが、実態は麻原の影響下にあると見ている(公安調査庁『内外情勢の回顧と展望』2012年1月)。
[16] 公安調査庁『内外情勢の回顧と展望』2012年1月、『毎日新聞』北海道版2012年7月25日
[17] 『読売新聞』2012年12月22日
[18] 『産経新聞』2012年2月22日、『聖教新聞』2012年2月21日
[19] 『聖教新聞』2012年2月21日
[20] 『中外日報』2012年8月2日
[21] 『朝日新聞』2012年1月9日
[22] 『中外日報』2012年9月15日、2012年9月20日
[23] 『中外日報』2012年10月20日
[24] 『毎日新聞』2012年11月13日夕
[25] 『読売新聞』2012年12月8日
[26] 『京都新聞』2012年12月1日
[27] 『SANKEI EXPRESS』2012年5月4日,
[28] 『仏教タイムス』2012年4月5日、『朝日新聞』2012年7月4日
[29] 『AERA』2012年12月24日
[30]  ロイター 2012年12月18日
   http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPTYE8BI02P20121219
[31] 『東京新聞』2012年8月26日
[32] 『読売新聞』2012年4月7日
[33] 『毎日新聞』2012年4月27日
[34] 『東京新聞』2012年10月21日サンデー版
[35]  内閣府『高齢社会白書 平成24年版』 2012年7月
[36] 『読売新聞』2012年12月8日