文字サイズ: 標準

研究員レポート

バックナンバー

宗教情報

宗教情報センターの研究員の研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2011/12/14

2011年 国内の宗教関連の出来事

宗教情報

藤山みどり(宗教情報センター研究員)

 

 2011年も残すところ僅かとなった。この1年は、3月11日に起きた東日本大震災で終始したといっても過言でないだろう。九州の新燃岳の噴火(1月)、大型台風の上陸(9月)と、自然の脅威を見せつけられた1年でもあった。震災や東京電力福島第一原子力発電所(福島原発)の放射能漏れ事故への菅直人首相(当時)の対応に批判が集まり、9月には震災復興と原発事故の収束を最優先の課題とする野田佳彦・新内閣が発足した。だが、原発事故は収束の気配を見せず、放射能汚染は広がりを見せている。原発事故は人災との憤りも強く、「原子力村」への反発や反原発の機運が高まった。大阪府知事・大阪市長ダブル選(11月)では、脱既成政党が支持を得たのか、前大阪府知事・橋下徹氏が率いる地域政党「大阪維新の会」が完勝した。震災復興においては、孤立化した社会で忘れられていた「絆」や団結を促す「がんばろう!!日本」などの言葉が巷にあふれ、希望の火を灯した。東京に世界一のスカイツリー(634メートル)が完成(3月)し、平泉と小笠原諸島が世界遺産に登録(6月)され、サッカーの女子ワールドカップでは日本の「なでしこジャパン」が優勝(7月)して日本中を沸かせるなど、うれしい出来事もあった。
 これらのことを踏まえて、この1年間の国内の宗教関連の出来事を振り返ってみたい。下記は、筆者が任意に選んだ出来事である。なお、2011年に起きた国内・海外の宗教関連ニュースについては、来春発行予定の『宗教と現代がわかる本 2012』(平凡社)を参照されたい。



2011年の国内の宗教関連の主な出来事
 ● 浄土宗の宗祖・法然の800回忌
 ● 浄土真宗の宗祖・親鸞の750回忌
3月 東日本大震災で宗教施設にも被害多数、宗教界を挙げて被災地支援
4月 15歳未満、改正臓器移植法に基づき、国内初の脳死判定
6月 延暦寺、暴力団参拝拒否を山口組に通知
6月 医師と暴力団員ら5人、臓器売買で逮捕
6月 平泉、世界文化遺産へ登録
7月 厚労省、「4大疾病」に精神疾患を加えて「5大疾病」に
8月 京都市、被災松の送り火での使用を断念
9月 熊野那智大社や金峯山寺など、台風12号で被災
9月 霊感商法事件の神世界グループ「教祖」、組織的詐欺で逮捕
11月オウム真理教が関連した事件の一連の裁判、すべて終結


【法然800回忌、親鸞750回忌で仏教界に活気】
 まずは、東日本大震災がなければトップを飾ったであろう出来事から。2011年は、法然750回忌、親鸞2011年は浄土宗の宗祖・法然(1133~1212)の800回忌、その法然の弟子で浄土真宗の宗祖・親鸞(1173~1262)の750回忌に当たり、各宗の法要や関連行事が目白押しの予定だった。だが、東日本大震災に配慮して、一部の宗派では、法要の延期や変更、イベントの中止などが行われた。 
 浄土宗総本山・知恩院では「元祖法然上人800年大遠忌」(10月2日~25日)の開催を3月27日から10月に延期した。24日間の期間中には約7万人が参拝した(※1)。真宗大谷派の本山・東本願寺は、3~5月に開催予定の「宗祖親鸞聖人750回御遠忌」(4~5月の各19~28日)のうち3月分を「被災者支援のつどい」に変更した。これを含めて期間中には約50万人が参拝した(※2)。予定通り挙行したのは、浄土真宗本願寺派の本山・西本願寺で、「親鸞聖人750回大遠忌法要」を4~6月、9~11月(各9~16日)に行った(2012年1月にも実施予定)。4月の法要では震災の影響で19団体約1200人が参拝を延期したが、全期間中に計約40万人の参拝が見込まれている(※3)。
 この遠忌法要に併せて特別な事業やイベントが行われ、貴重な資料や寺宝の公開の機会にも恵まれた。浄土宗の浄土宗教学院は、『浄土宗全書』の電子テキスト化と検索システムの構築をし、浄土宗公式サイト上で無料公開した(2月)真宗大谷派は、『スラムダンク』などで知られる漫画家・井上雄彦(たけひこ)氏が親鸞を描いた六曲一双の屏風絵を一般公開した(4月)。春の公開には約3万8000人が訪れる人気で、11月にも特別公開された(※4)。震災発生により急遽、作成された屏風絵の記念グッズの収益金は、すべて震災復興のために寄付されることとなった。浄土真宗本願寺派では、宗門校・龍谷大学が本山・西本願寺前に設立した仏教総合博物館「龍谷ミュージアム」が開館した(4月)。約千㎡の展示室を擁し、2012年3月まで「釈尊と親鸞」展を開催する。
 寺院を離れ、京都市美術館では親鸞聖人750回忌真宗教団連合40周年記念「親鸞展 生涯とゆかりの名宝」(3月17日~5月29日)が、京都国立博物館では、特別展覧会「法然 生涯と美術」(3月26日~5月8日)が開催された。東京国立博物館では浄土宗と浄土真宗の両派の全面的な協力を得て、特別展「法然と親鸞 ゆかりの名宝」(10月25日~12月4日)が開催された。
 なお、遠忌とは無関係であるが、浄土真宗本願寺派では60年ぶりに宗法が改正された(5月)。2012年4月施行で、本山と築地本願寺(東京)の独立性強化、首都圏での布教活動の強化などが柱だが、一部の宗会議員から地方軽視だとの反発があり、3度目の提案で可決した(※5)。過疎化や高齢化で檀家の減少に悩む地方寺院も少なくないが、首都圏での信仰心の薄れも深刻である。遠忌事業で弾みを付けた宗派が、首都圏での信徒獲得のために、どのような戦略を立てていくのか、注目される。


【東日本大震災では、宗教界の支援に変化】
 ◆宗教界でも「絆」
 遠忌に陰を落とした東日本大震災は、宗教界にも甚大な被害をもたらした。被害が集中した岩手・宮城・福島の3県では、全日本仏教会のまとめでは75寺院が全壊、神社本庁のまとめでは145社の本殿が全半壊した。カトリック教会では福島県の2施設が全壊、日本基督教団では国の有形文化財に登録されていた福島教会会堂が全壊した(※6、レポート参照)。
 被災地では、阪神大震災以後に定着した災害時の支援活動が行われた(※レポート参照)。各教団が支援の手を差し伸べ、義援金を寄託した。そのような中で、今回、特に注目されたのが、宗教界の連携である。
 宗教者による支援情報を共有・発信するサイト「宗教者災害救援ネットワーク」の開設(3月)や、超宗派で情報を共有する「宗教者災害支援連絡会(代表・島薗進東京大学教授)」の発足(4月)、宮城県宗教法人連絡協議会、仙台市仏教会、仙台キリスト教連合などによる「心の相談室」の開設(5月)などである。宗派を超えた支援も行われた。高野山真言宗は被災寺院が多かった真言宗豊山派と真言宗智山派に各1千万円、天台宗に300万円などを寄付した(※7)。超宗教の追悼活動もあった。震災1カ月後、神奈川県鎌倉市の鶴岡八幡宮では、神道・仏教・キリスト教による合同の「追善供養 復興祈願祭」(4月)が営まれた。
 震災復興に向けて、「絆」というキャッチフレーズが叫ばれたが、宗教界にも「絆」が見られたようだ。超宗派の連携について島薗教授は、「この数年、路上生活者の支援、自殺防止、ホスピス活動に取り組む宗教者が増え、ネットワークができていたのが、震災で生きた」と見ている(※8)。

◆ 深刻な原発事故の問題
 喜ばしい宗教界の連携がある一方で、連帯を組まざるを得ないケースもあった。原発事故は収束の見通しもなく、補償の支払いも進まない。被災した寺院は「東京電力原発事故被災寺院復興対策の会」を発足させた(5月)(※9)。信徒と共にあって成立する寺社・教会は、地域に根付いたものであって、補償や移転では済まない部分が大きい。福島第一原発から5kmの位置にあった福島第一聖書バプテスト教会の牧師と信徒ら約50人は、バスの旅の果てに、キャンプ場「奥多摩福音の家」(東京都)に集団避難できたが、これは奇跡としか言いようがない(※10)。
 放射性物質が「いのち」を脅かすものであったことなどから、原発についての見解を出す団体もあった。日本カトリック司教団は、日本にある全原発の即時廃止を呼びかけるメッセージを発表(11月)し(※11)、全日本仏教会は、原子力発電に依らない社会の実現を目指す宣言を発表(12月)した(※12)。しかし、明言を避ける教団や、原発賛成を標榜する教団もあり、宗教界でも見解は分かれている。
 原発事故に関連しては、風評被害もあった。津波の被害を受けた岩手県陸前高田市の「高田松原」の松を京都市の「五山送り火」の大文字で燃やす計画は、放射能汚染への懸念から中止になった後、一転して実行されることになった。だが、薪からセシウムが検出されたため、京都市は「五山送り火」に被災松を使うことを断念した(8月)(※13)。その後、千葉県成田市の成田山新勝寺が被災松を「おたき上げ」で燃やした(9月)(※14)。

◆日ごろの活動が大切
 震災は痛ましいものであったが、宗教界の役割を改めて見直させるものでもあった。葬儀の簡潔化が進むなかで、被災地では読経や葬儀のグリーフケアとしての役割、避難所、人々が集まる場所としての寺院の役割にスポットが当たった(※レポート参照)。
 千葉県松戸市の指定避難所でもあった浄土宗東漸寺は、市に協力を申し出たことから、福島原発の避難者30人を受け入れることとなった。同寺の住職は、避難所運営の秘訣を「普段から地域の方々と絆を作っておくこと」と語っている(※7)。
 被災地にありながら難を免れた宮城県石巻市の曹洞宗洞源院には最大で約400人の避難民が身を寄せた。同寺院では、1978年から「日曜学校」や勉強会、「寺子屋寄席」などを開いてきた。高校生らの夏合宿も受け入れていた(※15)。この下地があったため、全寺を開放しての共同生活も問題なく、寺の状況が落ち着いた4月1日には「本来の朝のお勤めを再開したい」とお願いしたところ、皆が参加するようになったという。避難者108人は、仮設住宅に転居後も自立に向けた情報交換などをするために、団体「洞源院叢林舎」を結成した(※16)。震災がもたらした新しい絆は、寺院が円滑な共同生活を提供できたことの証でもあろう。
 いずれも、日ごろの活動が大事ということを教えてくれたようだ。

◆「心のケア」は
 震災では、「心のケア」の重要性も叫ばれた。しかし、「心のケア」が必要なのは直接の被災者だけではないようだ。職場でのストレスが原因でうつ病などの精神疾患を発症し、2010年度に労災認定を受けた人が過去最多の308人に上ったことが厚生労働省のまとめで分かった(6月)(※17)。厚生労働省は、職場でのうつ病や高齢化による認知症の患者数が増加しているとして、医療計画に盛り込むべき疾病に、がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病の4大疾病に精神疾患を加えて「5大疾病」とする方針を決定した(7月)。(※18)
 心のケアや自殺対策は、来年以降も引き続き、大きな課題となりそうだ。


【平泉、世界遺産に登録】

 東日本大震災で被害が大きかった東北地方への支援は様々な形で行われたが、再挑戦での平泉のユネスコ世界遺産への登録(6月)は、何よりの朗報となった。平泉の文化遺産は、金色堂で知られる中尊寺など日本仏教の「浄土思想」を形に表した建築物と庭園群の価値が認められたものである(※19)。平泉への観光客は、震災直後は前年の1~2割に落ち込んだが、登録後の7月は前年同月比152%、9月には254%と増加した(※20)。
 さて、同じ世界遺産でも明暗が分かれ、「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部は台風による大きな被害を受けた。熊野那智大社(和歌山県那智勝浦町)は、台風12号により、社殿(重要文化財)の一部が土砂で埋没した(9月)。金峯山寺(奈良県吉野町)では、国宝の本堂屋根が一部破損した。この他、熊野速玉大社(和歌山県新宮市)の一部施設や熊野本宮大社(同県田辺市)の宿坊の一部も浸水の被害を受けた(※21)。


【宗教への関心が増加?】
◆結婚の増加と宗教への関心
 1年間の世相を表す漢字1文字を公募で選ぶ「今年の漢字」(主催:日本漢字能力検定協会)に「絆」が選ばれたほど、震災後は「絆」というキーワードが脚光を浴びた(※22)。報道も「絆」に偏りがちで、“絆を求めて結婚が増加した”などの記事が目に付いた。結婚情報紹介サービスのオーネットでは、会員同士の結婚による退会が3月は前年同月比19.5%増、4月も18.1%増だった(※23)。婚約・結婚指輪のネット販売が楽天市場では4月の売上げが前年同月比40%増だった(※24)などである。
 これと同様に、「不安定な世の中には宗教が流行る」という発想が定着しているのか、震災後には「3.11が変えた価値」として「宗教グッズバカ売れ」との週刊誌のタイトルも見られた(※25)。五木寛之と梅原猛の対談集『仏の発見』や小池龍之介の『超訳 ブッダの言葉』など仏教関連書が読まれており、真宗大谷派東本願寺で公開された漫画家・井上雄彦の屏風絵に関連した記念グッズが好評で、「親鸞展」で販売された1体1万円の親鸞フィギュアが毎日1、2体売れているなどの情報が紹介された。だが、これは震災よりも遠忌との関連のほうが強いと推測される。
 結局のところ、震災は「結婚」と同じく「離婚」の決断も迫ったようで、秋になると、宮城離婚相談所では4月から9月中旬までの離婚相談件数が昨年の同時期と比べて4割近く増加したという記事も出た。(※26)

◆宗教関連本が好調
 一方で、宗教への関心の高まりは、報道を見る限りでは持続しているようだ。6月末には「独自視点の宗教入門書の出版相次ぐ」(※27)として、橋爪大三郎・大澤真幸『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)などが出版されたことを紹介する記事が新聞に掲載された。11月にはジャーナリストの池上彰による『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』(文春新書)が7月発行で21万部、先述の『ふしぎなキリスト教』が5月発行で17万部に達したとの記事が掲載された(※28)。『週刊ダイヤモンド』(2011年7月2日号)の「仏教・神道大解剖」特集も、期待以上に売れたという。震災後、副編集長が、「みんな何か救いを欲しがっている。伝統宗教は安心なんだろう」と企画したという(※28)。 

◆宗教者のメディアへの露出
 阪神大震災3年後の5000人実態調査では、震災後の気持ちの変化として8項目中3項目以内を選択してもらう設問で、「災難に備えて普段から蓄えが必要」(25.7%)は1位だったが、「神や仏を信じ出した」は3.0%で最下位だった(※29)。この値の判断が難しいため震災と信仰心の関連は不明だが、2011年はメディアに宗教者、特に若手~中堅の宗教者の露出が増えたようだ。
 福島県三春町の臨済宗妙心寺派福聚寺住職で芥川賞作家の玄侑宗久は、政府の東日本大震災復興構想会議の委員に就任(4月)したこともあり、被災地の宗教者としての発言、寄稿も多く、存在感を示した。
 テレビ界を展望すると、2011年4月からは、テレビ朝日「やじうまテレビ!」で、「そっと後押し きょうの説法」(火・水・木の5時40分ごろ)という僧侶らが説法する早朝ミニ番組が始まった(4月)。僧侶5人が悩み相談に答えるバラエティ(TBS系列「スパモク!!」木曜日19:00~20:54)は、2011年に計3回放送された。テレビには、ベストセラーの著者である小池龍之介や“おねぇ和尚”としてキャラクターが際立つ水無昭善などが頻出している。
 小池は、すでに2010年11月から『産経新聞』で、僧侶兼アナウンサー・川村妙慶とともに日曜日の紙面で人生相談への回答者の役を担っていたが、2011年10月からは『朝日新聞』夕刊で「小池龍之介の心を保つお稽古」という連載を開始した。仏教に関する著書を多数出版しており、若者を中心に支持を得ている小池だが、実父が住職を務めていた正現寺(山口市)の近隣寺院からは、「宗派の教義に反した活動、出版をしている」などの批判が上がっていた。これに起因して、小池が正現寺住職を継ぐに当たって、檀家総代会の投票により2010年12月に同寺は宗派から離脱することとなり、翌2011年1月には小池も宗派から僧籍を削除された(※30)。

◆若者にとって宗教はサブカル?
 井上順孝・國學院大教授は、2000年代半ば以降、若者の宗教への関心は確実に高まっているという(※28)。そして、宗教への関心が増えた最大の理由を「オウム事件以降の宗教への警戒感が薄れてきたため」「若者にとっては伝統仏教も一種のサブカル。知らないから新鮮で関心を持つ」と解釈している。「今はオウム事件前の状況によく似ている」という。


【新たな問題とオウム事件の終結】
◆「神世界」教祖の逮捕
 「オウム真理教と一緒で数十億円の資金力がある」(※31)とされる「神世界」の霊感商法事件では、グループトップの「教祖」が組織的詐欺の疑いで逮捕(9月)された。傘下のヒーリングサロンに通う客の不安をあおり、祈願料名目で金をだまし取ったという。ターゲットは30代女性で、最盛期にサロンは全国に約200カ所展開されており、2000~2007年に約175億円を売り上げていた(※32)。神世界は活動休止状態だが、教主の父親が主宰する宗教組織に信者らが流出しており、神世界被害対策弁護団の紀藤正樹弁護士は、「今後も問題が起きる懸念」があると指摘している(※33)。

◆オウム真理教裁判の終結
 オウム真理教に関しては、事件が忘れ去られた現在、オウム真理教の主流派から成るアレフが、7月末の信者数を1030人と公安調査庁に報告するなど、増殖中である。一方、分派した「ひかりの輪」は210人。アレフでは1~7月に約150人が入会し、2009年の年間入会者数約90人を超えた。インターネットの交流サイトやヨガ教室などで若者を勧誘しているという(※34)。
 事件を知らない若者が増えているのも時の経過を考えれば、やむを得ないだろう。1995年の地下鉄サリン事件発生から約16年を経て、オウム真理教が関連した事件の一連の裁判が、すべて終結(11月)した。1989年の坂本弁護士一家殺害事件、1994年の松本サリン事件など一連の事件で起訴されたのは189人、死刑が確定したのは13人に上る。この事件は宗教離れを引き起こし、宗教団体への信頼を失わせ、宗教法人法改正の要因ともなった。だが、教祖である麻原彰晃こと松本智津夫は裁判では沈黙を貫き通し、オウム事件の真相の全容は解明されなかった。
 裁判が終結したことで、松本死刑囚の執行の行方が注目され始めた。法務省の幹部は死刑執行について、「まず首謀者の松本死刑囚について検討するのが筋だろう」との見方を示している(※35)。死刑は2010年7月以来、執行されていない。2011年末までに執行されなければ、1992年以来19年ぶりに年間死刑執行数がゼロとなる。また、確定死刑囚の数も過去最多に達している。このため、法務官僚の威信にかけても、松本死刑囚が年内に執行されるとの説も囁かれている(※36)。「オウム真理教家族の会」「オウム真理教被害対策弁護団」「日本脱カルト協会」の3団体は、オウム真理教元幹部12人については、「なぜこんな事件に巻き込まれたのか、なぜ正しいと信じて反社会的な行動を取ったのかを語らせ、社会の発展に役立てた方が建設的だ」などとして死刑執行回避を求めているが、松本死刑囚については対象外としている(※37)。死刑に関しては、「いのちの尊厳」「加害者は懺悔し、最期まで生き抜くことで罪を償うべき」(※38)などの点から抗議する教団もある。教祖だった松本死刑囚の執行に際しては、宗教団体の姿勢が改めて問われるかもしれない。

◆「信教の自由」よりも「暴力団の参拝拒否」
 暴力団員であろうと「誰もが信じることができるというのが宗教の基本」と考える宗教者もいる(※39)が、10月に東京都と沖縄県で施行され、全都道府県に出そろった「暴力団排除条例」については、「信教の自由」をかざして警察当局に異を唱える宗教団体はなかったようだ。2006年に指定暴力団山口組の大規模な法要を営み、代表役員ら7人が引責辞任をした比叡山延暦寺は、6月に参拝拒否の方針を山口組に通知していたことが、11月に分かった(※40)。全日本仏教会も、暴力団による法要や葬儀を拒否する方針を再確認した(12月)(※41)。また、神社本庁は集団参拝について「暴力団の活動を助長しないよう留意」との文書を全国の神社庁に送付した(11月)。これを受けて兵庫県神社庁は集団参拝を拒否するよう県内神社に求める方針を確認。後日、山口組が毎年元日に集団参拝している兵庫県神戸護国神社に、「集団初詣を自粛する」と伝えていたことが明らかになった(※42)。


【改正臓器移植法施行1年】
 2011年には、暴力団組員と医療関係者(医師)との間での臓器売買が初めて明らかになる事件(6月)があった。この事件では、腎不全を患った医師が金銭を支払って虚偽の養子縁組を結び、親族間の臓器移植を装って腎臓の提供を受けようとしたとして、医師と暴力団組員ら5人が逮捕された(※43)。この医師は、この後7月には、実際に移植を受けた際にも、別な暴力団組長に紹介を受けて虚偽の養子縁組を結んで親族間の臓器移植を装ったとして再逮捕された(※44)。
 このほか臓器移植に関しては4月に、改正臓器移植法施行(2010年7月)後初めて、15歳未満の子どもからの脳死臓器提供が行われた(4月)。「15歳未満の提供」「家族の承諾だけでの提供」などが認められた改正法施行後1年で、家族の承諾だけでの脳死臓器移植が49例と急増したが、15歳未満の子どもの臓器移植は、家族の悲しみが大きいうえ、虐待がなかったことを証明する必要があり、1件に留まった(※44)。この1件の事例は、臓器提供した少年が自殺だったと週刊誌で報道された(※45)。移植が自殺の原因追及の妨げになるのではないかとの問題提起もなされたが、目立った議論が行われることもなかったようだ。
 臓器移植が暴力団の商売道具にまでなった事件と、15歳未満初の臓器提供者が自殺者だった件は、臓器移植の問題を改めて考えさせるものであった。

                               *    *  * 

 こうして2011年を振り返ってみると、3月の東日本大震災で大きな被害を受け、進まない復興や先の見えない原発事故などの問題はあるものの、図らずも震災によって、宗教界の今後の展開に気づきが与えられたようだ。一連の裁判の過程でもオウム真理教事件の真相が解明されず、アレフが若者を中心に信者を増やしている事実や、「オウム真理教事件の前の状況とよく似ている」という井上教授の指摘には憂うべき点も多々あるが、今年得た気づきを糧にすれば、来年以降、宗教界の飛躍が期待できそうだ。

 

 

(宗教情報センター研究員 藤山みどり)

※レポートの企画設定は執筆者個人によるものであり、内容も執筆者個人の見解です。

※参考資料
※1『京都新聞』2011年10月26日
※2『読売新聞』2011年5月29日
※3『京都新聞』2011年4月17日
※4『読売新聞』2011年5月23日
※5『朝日新聞』2011年5月31日
※6『産経新聞』2011年12月11日
※7『寺門興隆』2011年6月号
※8『朝日新聞』2011年7月4日
※9『仏教タイムス』2011年6月16日
※10『東京新聞』2011年12月9日、佐藤彰『流浪の教会』(いのちのことば社)2011年
※11カトリック中央協議会「いますぐ原発の廃止を」  
   http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/cbcj/111108.html
※12全日本仏教会「原子力発電によらない生き方を求めて」
   http://www.jbf.ne.jp/2011/12/post_214.html
※13『東京新聞』2011年8月13日
※14『東京新聞』2011年9月26日
※15『河北新報』2011年6月8日
※16『東京新聞』2011年9月18日
※17『読売新聞』2011年6月15日
※18『東京新聞』2011年7月8日
※19『東京新聞』2011年6月26日
※20『産経新聞』2011年12月4日
※21『東京新聞』2011年9月6日
※22『毎日新聞』2011年12月13日
※23『朝日新聞』2011年5月15日
※24『産経新聞』2011年5月30日
※25『サンデー毎日』2011年5月29日
※26『東京新聞』夕刊2011年10月3日
※27『毎日新聞』2011年6月30日
※28『朝日新聞』2011年11月15日
※29『読売新聞』1998年1月11日
※30沙光山 正現寺 http://iede.cc/s/keii.html
※31『日刊スポーツ』2011年9月14日
※32『SANKEI EXPRESS』2011年9月14日、『朝日新聞』2011年9月13日
※33『東京スポーツ』2011年8月19日
※34時事通信社 2011年11月17日
※35『読売新聞』2011年11月22日
※36『週刊ポスト』2011年12月9月号
※37『毎日新聞』2011年11月22日
※38カトリック中央協議会公式サイト、『中外日報』1999年4月3日
※39『神戸新聞』2011年11月16日
※40『産経新聞』2011年11月18日
※41共同通信社 2011年12月1日
※42『東京新聞』2011年11月24日
※43『しんぶん赤旗』2011年6月24日
※44『産経新聞』2011年7月15日
※45『読売新聞』2011年7月17日
※46『週刊文春』2011年4月28日

 

 

・   「あなたが選ぶ10大ニュース」 『読売新聞』2011年12月2日
・    「浄土宗」公式サイト
・    「浄土真宗本願寺派」公式サイト
・    「京都市美術館」公式サイト
・    「京都国立博物館」公式サイト
・    「東京国立博物館」公式サイト