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宗教情報

宗教情報センターの研究員の研究活動の成果や副産物の一部を、研究レポートの形で公開します。
不定期に掲載されます。


2011/04/29

海外の震災報道に見られた宗教の役割
~なぜ日本人は冷静だったのか~

宗教情報

藤山みどり(宗教情報センター研究員)

 2011年3月11日に発生した東日本大震災は世界歴代4位のマグニチュード9.0という巨大規模で、津波の映像や被災地の状況が海外でも大きく報道された。加えて、欧米も中国や韓国のメディアも、震災後の日本人の冷静さを称賛とともに報道した。彼らにとっては、被災地で略奪や暴動が起きなかったこと、被災者が支援物資を配る列に忍耐強く並ぶことなどが、ニュースにする価値がある驚くべきものだった。そして欧米メディアを中心に、この日本人の美徳の背景に宗教を見出すレポートが見られた。

 


 ■日本人が冷静な理由は

 アメリカのテレビ局ABC(※1)では、被災者が協力して瓦礫を取り除いたことや避難所でさえゴミ分別の規則を守ることを「一体」というキーワードで括り、「日本では神道、仏教、そして儒教が『自分のことを考えるときには地域社会についても考えるように』と教えています」と紹介している。
 フランスのテレビ局F2(※1)は、「なぜ日本人は冷静なのか」という特集を放送した。大きな自然災害に遭っても冷静さを失わない理由を、CNRS(フランス国立科学研究センター)の社会学者ジャン=フランソワ・サブレは「日本人は悲観的でない運命論者」で「自然の力を崇拝する神道が教えるところの態度」であろうと分析した。そして、西洋では人間は自然の主人とされるが、日本では人間は自然の一部なのだと解説した。

   イギリスの『デイリー・テレグラフ』(Web版2011年3月14日)は、日本社会の秩序は「日本文化を構成する神道や禅と表裏一体である」という。さ らに復興に関して、20年ごとに社殿を建て直す伊勢神宮の式年遷宮の伝統を例に挙げて、「日本人は再建に不慣れではない」と期待を寄せる。


  フランスの『ル・モンド』紙(Web版2011年3月15日)は、不可避の出来事を冷静に受け止めることができるのは「信者であろうとなかろうと、仏教 の教えは日本人の心情にしみ込んでいる」からと推論する。アニミズム的な神道の影響で、世界は人間の理解を超えた力によって動かされるという考えが土台に あった日本に、仏教の「諸行無常」の考えが浸透しているからだという。そして「日本人にとって信仰とは、真実の追求というよりも心の和らぎを求めることな のである」と解釈する。このような信仰に加えて、親から自制心を教えられることも冷静さにつながっているという。(※2)
 なお、中国の『新京報』(Web版2011年3月13日)でも、なぜ日本人は冷静なのかについて分析しているが、宗教には触れず自然災害の多い国で代々 蓄積した性質であるとしている。ただし、その後の学者の寄稿(Web版2011年3月26日)では、震災に遭った日本人が「仕方がない」と運命を受け止め るのには神道の影響が見られるとしている。

   ▲ABC(左上)、F2(左下)、『デイリー・テレグラフ』(右上)『新京報』(右下)

 ■宗教の賜物

  このような分析が正しいか否かは別にしても、多くの欧米メディアが日本人の冷静さの理由として宗教を挙げ、日本人の7割超が「宗教を信じていない」と答え る現在(※3)でも、神道や仏教が日本人の心に染み込んでいるという。宗教が日本人の美徳を形成したというのである。これは、欧米人自身が宗教の影響を強 く受けていることの反映ではないだろうか。
 しかし、欧米人と我々日本人との宗教に対する見方の違いが生ずるのは、日本人が宗教に無自覚すぎるか ら、あるいは、日本人が宗教というものを狭すぎる枠で捉えているからかもしれない。日本人が、お宮参りや七五三では神社に行き、結婚式は教会で、葬式はお 寺でというように、外国人にとっては無分別に見える行動をするのも、宗教を深く意識していないからとも言える。また、改まって「宗教を信じているか」と問 われると逆に、宗教というものへのハードルを高く設定して「信じていない」と答えるのだろう。
 今回のような海外からの指摘は、意識せずに行っていることや当たり前のように思っている考え方が、実は宗教の恩恵なのであるということに改めて気付かされる良い機会となるだろう。
 もっとも日本人への冷静さへの称賛は、政府の被災者への対応が遅れ、東京電力・福島第一原子力発電所の放射性物質漏れの問題が深刻になると、「被災地の人はもっと声を上げて叫ぶべきではないか」「なぜもっと不満の声を上げないのか」などの批判に変化しているのだが。

※レポートの企画設定は執筆者個人によるものであり、内容も執筆者個人の見解です。

※1.日本時間3月15日放送。引用した和訳コメントは3月22日(火)NHK-BS1「おはよう世界」(8:00~10:00)より。
※2.『デイリ-・テレグラフ』と『ル・モンド』で引用した和訳は『クーリエ・ジャポン』(2011年5月号)より。
※3.読売新聞社「宗教観」調査(2008年5月)。