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第3回 2010/09/23

沖縄におけるキリスト教系NPOのホームレス自立支援事業―親密圏の回復と自立の葛藤

■はじめに

 従来、日本におけるホームレス問題は、主に釜ヶ崎や山谷といった日雇労働者が集住する寄せ場(1)で顕在化していましたが、1990年代の中頃からは、特定の寄せ場のみならず、全国の都市部でもホームレスの存在が社会問題化するようになりました。東京都23区や大阪市といった大都市におけるホームレスの数は数千人の規模であることから、放置できない問題として、行政によるホームレス対策が一定程度展開されています。一方、地方都市は大都市に比べ、ホームレスの数が少ないため、ホームレスを支援する公的な施策を欠いていたり、不十分であったりすることが一般的です。このようななかでNPOをはじめとする民間の支援団体がホームレス問題に対峙する主要な担い手になっています。
 日本でホームレス支援を行っている民間団体の多くは労働運動に由来するものと、特定の宗教と結びつきの強いものとに大別することができます。なかでも後者は全体の過半数を占めており、ホームレス支援における位置はかなり大きいといえます。宗教と結びつきのあるホームレス支援の団体は、布教活動に積極的なところから、消極的なところまで様々です。また、宗教団体の成員のみで構成された組織がある一方で、宗教団体とは関係のない成員までを含みこむ多層的な組織もあります。

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 このように宗教と結びつきのある組織を包括する用語として本報告ではFaith Related Organization(FRO、宗教関係組織)を用いたいと思います。そのうちの幾つかは、NPO法人として活動しており、ホームレス問題の解決に寄与する担い手として社会的な注目を集めています。特定非営利活動促進法(NPO法)に「宗教の教義を広め、儀式行事を行い、及び信者を教化育成することを主たる目的とするものであってはならない(法第2条第2項第2号イ)」という条項があることから、NPO法人は宗教と切り離して考えられがちですが、実際に禁じられているのは宗教活動を主たる目的にすることであって、宗教に携わる人・団体がNPO法人を設立できないわけではありません。実際にNPO法人格をもつホームレス支援団体の多くが特定の宗教と密接な関わりがあるのです。

 

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(1) 日雇労働力の売買がおこなわれる空間を寄せ場という。大規模な寄せ場に大阪の釜ヶ崎、東京の山谷、横浜の寿町などがある。

 

1. 沖縄のホームレス問題

 本報告では、公的なホームレス支援が乏しい地方都市におけるFROの活動事例として、沖縄県のプロミスキーパーズという名称のNPO法人をとりあげます。
 厚生労働省の調査によれば、沖縄県のホームレス数は2003年158人、2007年167人となっており、大都市を抱える自治体と比べると、かなり小さな規模です。ホームレスが集住する政令指定都市の幾つかは自立支援センターを柱とする公的財源による大規模なホームレス支援事業が存在します。一方、沖縄ではホームレスの数がそれほど多くないためにホームレス支援に関する国の補助事業も、県や市区町村の単独事業も限定的にしかおこなわれておりません。したがって、実質的には本報告でとりあげるプロミスキーパーズが主要なホームレス支援の担い手となっています。
 なお、那覇市のホームレスは本土出身者が多く、約4割を占めます。彼らの多くは就労のためというよりは、失業や家族の崩壊など、本土でさまざまな生きづらさを抱えたなかで、安住の地を求めて単身で来沖しています。一方、地元出身者の多くは不況による失業、親族関係の悪化、アルコールやギャンブルといったアディクションなど、さまざまな要因が複合的に絡み合うかたちでホームレスになっています。いずれにせよ重要なのは、本土出身者にせよ地元出身者にせよ、ホームレスになった人たちは単なる失業者ではなく、多くの場合、何らかの人間関係上の問題を抱えているということです。
 以下ではこのようなホームレスに対し、プロミスキーパーズがどのような支援を展開しているのか概観します。
 

2. ホームレスを支援するキリスト教系NPO

 プロミスキーパーズは「沖縄ベタニヤチャーチ(2)」という1999年に設立されたプロテスタント教会が母体となっています。沖縄ベタニヤチャーチは社会的弱者が入りやすい空間をつくるべく、夜間にも会堂を施錠せずに開放していたところ、徐々にホームレスが寝泊りするようになりました。当初、沖縄ベタニヤチャーチは積極的にホームレスを受け入れようと意図していたわけではなかったのですが、「困難を抱えた人たちを救済することが教会の使命である」という強い意志のもと、積極的に支援するようになりました。会堂に入りきらないぐらい多くのホームレスが寝泊りするようになった 2005年、沖縄ベタニヤチャーチは会堂を開放するだけでなく、牧師や信者が那覇市内の公園をアウトリーチ(3)するようになりました。同年、沖縄ベタニヤチャーチはホームレス支援の規模が年々拡大したことを背景に、教会を基盤にしつつ、教会とは異なる組織として「プロミスキーパーズ」を設立し、ホームレス支援を精力的に行うようになりました。
 プロミスキーパーズは2007年にホームレスの宿泊兼自立支援施設「エデンハウス」を設置し、約100人のホームレスを常時支援するようになりました。当時のエデンハウスは倉庫を改造したような急ごしらえの施設であったため、2008年に老人ホームとして使われていた堅固な施設を買い取り、エデンハウスを移設しました。移設後も入所希望者が増え続けたことから、2009年にホテルとして使われていた那覇市内の施設を買い取り、就労自立が困難な高齢者や障害者の居宅「朝日のあたる家」を設立しました。なお、同年にプロミスキーパーズは他機関との協働をよりスムーズに行うためにNPO法人格を取得しました。
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 現在のプロミスキーパーズの実践は大きく①アウトリーチ、②宿所提供、③起業・職業訓練、④職業紹介の4つに大別することができます。これらの実践を一つの組織がトータルに行っている団体は全国的にもほとんど類例がありません。何より特筆すべきは、他都市にあるホームレス自立支援施設が施設運営に関わる費用の大半を公金に頼る体制であるのに対し、プロミスキーパーズは基本的にすべて自主財源で施設運営を行っているということです。この点においてプロミスキーパーズは他都市のホームレス支援団体と大きく性格を異にしています。

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(2) ベタニヤはエルサレム近郊にある村の地名で、「悩む者の家」、「貧しい者の家」という意味がある。
(3) 英語のoutreachは手をさしのべるの意。支援者が潜在的利用者のいるところに出向いて支援をすること。



3. 行政に依存せず大規模な自立支援事業を可能にするメカニズム

 プロミスキーパーズが自主財源で大規模な自立支援施設を運営できる背景にはFROに特徴的なソーシャル・キャピタル(社会関係資本)(4)の存在を指摘することができます。米国社会の人つながりの変化を描いた『孤独なボウリング』の著者として知られるロバート・パットナム(Robert Putnam)によれば、ソーシャル・キャピタルは、親組織との緊密な連携である結合型ソーシャル・キャピタルと、親組織以外との緩やかな連携である橋渡し型ソーシャル・キャピタルに大別されますが、FROは1つの組織が2つのタイプのソーシャル・キャピタルを内包する可能性をもっています。すなわち、FROの中核となる宗教組織との緊密な連携が結合型ソーシャル・キャピタルに相当し、企業や市民といった宗教組織外との緩やかな連携が橋渡し型ソーシャル・キャピタルに相当します。プロミスキーパーズはこれらの性格の異なる2つのソーシャル・キャピタルを形成することで、ヒト・カネ・モノの安定的な動員を可能にし、公金に頼ることなく、多くの入所者を受け入れることが可能になっています。また、プロミスキーパーズは、生活保護による貧困対策には消極的で、労働を通じた社会参加に価値を置くことから、組織内で起業し、カネを生み出す事業(リサイクル事業、農業etc.)を積極的に展開しています。このこともプロミスキーパーズの財政的な自立を可能にする大きな要因となっています。


 プロミスキーパーズはFROに特徴的な「信仰と信頼に基づくヒト・カネ・モノの動員」によって、自立的な運営が可能になっていますが、他のホームレス自立支援施設と比べた場合、財政的にも人材的にも極めて脆弱であることは否めません。しかし、組織の基盤が脆弱であることがかえって他の自立支援組織にはない独自性を生んでいるともいえます。通常、ホームレス自立支援施設では、支援者と被支援者の役割の違いは明確です。しかし、プロミスキーパーズでは、スタッフが慢性的に不足しているということもあり、当初、被支援者だった人々が支援者へと役割転換することがしばしばあります。したがって、プロミスキーパーズでは入所者でありながらスタッフであるという人物が多くいます。このように支援―被支援関係が溶解するなかで、入所者が自分の役割や目標を見出し、施設運営に主体的に関わるようになることがよくあります。


 これまでの人生のなかで他者の「信頼」や「期待」を得ることが少なかった、あるいは裏切ってきたと自認する者たちにとって、スタッフとして働くことは、自らの尊厳を回復するうえで重要な意味をもっています。このような人格的な交わりのなかで、入所者の多くはプロミスキーパーズに居場所を見出すようになります。

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(4) 人々の協調行動を活発することによって社会の効率性を高めることのできる信頼、規範、ネットワークといった社会組織の特徴のこと。

4. 数々の受洗者を生みだすメカニズム

 プロミスキーパーズは沖縄ベタニヤチャーチが母体になっているものの、NPO法人として活動しているので、宗教の布教についてはそれほど積極的ではありません。「エデンハウス」にも「朝日のあたる家」にも礼拝堂が設けられており、毎週日曜日に主日礼拝が行われていますが、任意参加となっています。しかし、実際には入所者の半数近くが礼拝に参加しています。入所者の多くは、もともと特定の宗教に帰属意識をもっていた人たちではありませんが、プロミスキーパーズとの出会いのなかで、これまでの生活のなかで経験したことのなかったような「寛容さ」や「思いやり」に触れるようになったと語っています。なかでもプロミスキーパーズの代表の山内昌良牧師との出会いがホームレスに与えた影響は小さくないようです。

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 テント生活からの脱却を拒むホームレスに対し、粘り強く数年越しで声をかけたり、規則を何度も破る入所者を排除することなく粘り強く見守ったり、ホームレスを自宅の夕食に誘ったりと、山内牧師の「寛容さ」や「思いやり」を象徴するエピソードは枚挙に暇がありません。山内牧師は入所者に対し、自身の行動のバックグラウンドにキリスト教があることを折に触れて語っています。また、山内牧師は、過去に会社経営に失敗し、多額の負債を抱え、経済的にも精神的にも失意の底にある状態からキリスト教信仰によって立ち直ったという自身のライフヒストリーをしばしば入所者たちに語ります。つまり、山内牧師は入所者たちと身近な存在であることを自己呈示しつつ、信仰による変革の可能性をアピールするのです。自分の負の過去を包み隠さず語る山内牧師の存在は入所者に共感意識を呼び起こし、入所者たちのロールモデルとなっています。このような関係性のなかで多くの入所者が自発的に入信する傾向がみられます。

5. 親密圏の回復と自立の困難

 プロミスキーパーズの包摂的な実践によって、多くの入所者が「人間関係上の問題」を克服しつつあります。また、稼働能力のある入所者の多くは職業訓練によって就労自立が可能なレベルにまで達してきています。しかしながら、現在の入所者のなかには施設を退所し、独力で生活することを逡巡する者が数多くいます。入所者が自立を逡巡するのには大きく2つの理由が考えられます。ひとつは、親密圏(5)からの離脱に対する不安です。家族的な支え合いの関係があるプロミスキーパーズを離脱すると自身の負の側面が再び表面化し、これまでの安定した生活が崩れるのではないかと多くの入所者が危惧しているのです。もうひとつは、スタッフを兼任している入所者が入所施設を退所してしまうと、プロミスキーパーズの事業に支障をきたしてしまうのではないかという不安です。
 いずれにせよ、重要なのは入所者の多くがプロミスキーパーズとの関わりのなかで、他では得難い安心感や帰属意識を得ているということです。ホームレス状態から脱却するために必要なことの一つとして「親密圏の回復」というものが挙げられますが、支援団体そのものが親密圏になったとき、かえって「自立」が困難になり、入所者が膨張するという厄介なジレンマがあります。とりわけ入所者の多くがキリスト教の信者へと変わっていくようなコミューン(6)的様相をもったプロミスキーパーズはこのことを端的に示しています。

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(5) 具体的な他者の生に対する配慮や関心が分かちもたれた空間・領域のこと。それらよりもルールの遵守や自由な競争が重んじられる、職場や市民社会などの空間・領域は、公共圏と呼ばれる。
(6) 共通の思想でつながりながら共同生活を送る集団のこと。

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白波瀬達也先生

1979年生まれ。奈良県出身。2008年3月関西学院大学大学院社会学研究科博士課程を満期退学。現在、関西学院大学大学院社会学研究科研究員/大阪市立大学都市研究プラザ グローバルCOE研究員。大学で教鞭をとる傍ら、日本で最もホームレスが集住する釜ヶ崎で生活相談員として活動中。専門は宗教社会学・福祉社会学。大学院修士課程から一貫してホームレス支援と宗教との関係を調査・研究している。主要論文に「釜ヶ崎におけるホームレス伝道の社会学的考察―もうひとつの野宿者支援」(2007年『宗教と社会』13号収録)がある。釜ヶ崎に関わる宗教者や研究者のネットワーク組織「soul in 釜ヶ崎」の編著書『貧魂社会ニッポンへ 釜ヶ崎からの発信』(2008,アットワーク)の分担執筆者でもある。