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2017/11/22

アキ・カウリスマキ監督「希望のかなた」The Other Side of Hope

 フィンランドにたどりついたシリア難民の若者が、生き別れになった妹を探す、その過程を人々が支える話。支える人々はリベラルな民主運動家などではなく、フィンランドの不景気に苦しんでいる、普通の人々。具体的には、ひどい状態のレストランのオーナーとなった人物と、給料を何ヶ月ももらっていない不満だらけの従業員たちである。主人公を助けるために、バラバラだった彼らが家族のようになっていく。日本人ならきっと笑いを誘われるであろう、すしをめぐるおかしなシーンもある。だが、難民は社会不安にも失業問題にもつながると考える人々(ネオナチ風の男たちなど)は、彼をリンチしつけ回す。
 この作品は、密航した難民が警察に難民申請をし、難民センターにとどまりながら審査が進行し、その結果次第で居住がゆるされるか強制送還かが決まる、それがどんなプロセスをたどるのか、また、強制送還が決まったときにどんな「選択肢」をとりうるかがそのまま描かれる映画でもある(強制送還は拒否できないので逃亡する、身分証明書を偽造するなどということになる)。
 主人公はムスリム(イスラーム教徒)なのでアルコールは飲まなかったのだが、家族を襲った悲劇に震える彼は、信仰を葬り去ってしまう。そのことがもしかすると難民認定に影響したかもしれないこともあるが、敬虔なムスリムなら口にしないであろう静かな棄教の言葉が胸にいたい。
 主演のシェルワン・ハジ自身がシリア出身で、首府のダマスカスで演劇を学んだあと、実際にフィンランドに渡り、イギリスで博士号もとったインテリだという。だが作品のなかでは、おさえた演技で、必死に妹を探す難民青年の姿を私たちの前に示してくれる。
 ネオナチや難民に冷たいフィンランド外務省や警察などのいっぽうで、主人公たちを助けることを決断し、そのために心を砕き手を尽くす仲間たちの姿が、味わい深い。
 なぜ生命にかかわる危険から逃れてきた難民の保護が難しいのか。独裁政権が民主主義によって打ち倒されて理想の社会が生まれるように、民主化運動「アラブの春」がもてはやされたときが、そういえばあった。実際には、北アフリカや中東諸国で発生した難民たちはヨーロッパに大量に流入する。その規模の大きさゆえに、玄関口となった国々は、難民庇護のための欧州内での約束事を放棄し、難民たちが他国に通過するのを黙認してしまう。そして、善意だけでは解決がつかない規模の難民問題にしてしまうのだ。
 日本の難民政策(インドシナ(ベトナム)難民の例をのぞき、現時点でほとんど受け入れない)のあり方もふくめ、私たちの日常の安心や幸福がさまざまなものに支えられていると感じられた。
                           (研究員 葛西賢太)

東京では12月2日(土)よりユーロスペースほかで公開。オフィシャルサイトは以下。
http://kibou-film.com/

モワさんによるレビュー1はこちら
印象深く学ぶところの多い作品ゆえ、当センタースタッフのモワさんの他、私自身もレビューさせていただいた。是非比較参照されたし。