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2011/02/08

『スピリチュアリティの宗教史 上巻』
鶴岡賀雄、深澤英隆(編) リトン社 2010年12月 6000円(税別)

 “スピリチュアリティ”という言葉は、キリスト教の“霊性”に対応して主に欧米で使われてきた言葉である。清らかな精神(霊)と欲望に動かされる身体(肉)とを分け、近年は宗教の中核の純粋なもの、また宗教の外にあって魂を動かすものに用いられてきた。だが、昨今は、日本でブームとなった“スピリチュアリズム”の概念に引きずられ、降霊術のような実践と結びつけられることが多いようだ。本書では、宗教史をさかのぼって、“スピリチュアリティ”の意義を検証している。16人の執筆者がそれぞれ専門領域を担当することで、通史のようにスピリチュアリティの歴史を概観できるという形になっている。

 20110208.jpg 本書で取り上げられているのは、現代のスピリチュアリティ運動の基盤をなしたフランス革命期のキリスト教神秘思想家サン・マルタン(1743~1803)、英国の心霊研究家で死後に霊界通信を発したとされるフレデリック・マイヤーズ(1843~1901)、米国の哲学・心理学者にして心霊研究家でもあったウィリアム・ジェイムズ(1842~1910)、スイスの心理学者で心霊現象にも肯定的であったカール・グスタフ・ユング(1875~1961)など、いかにも近代スピリチュアリズム運動との関連で思い浮かぶ人物の思想を考察するだけではない。この数年流行ったスピリチュアル・ブームに関しては、前世や前世療法に関連が深い輪廻転生観について取り上げ、仏教の輪廻観との比較や日欧の輪廻観の対比を行っている。
 この他、フランスのライシテ(※本サイトのコラム『フランスのライシテ――複眼的思考の試金石』伊達聖伸を参照されたい)の宗教性をスピリチュアリティという概念から再考したり、デモクラシーはスピリチュアルであるという発想からマルクス(1818~1883)の社会主義をスピリチュアリティとして検証したり、キルケゴール(1813~1855)とフーコー(1926~1984)というフランスの大哲学者の霊性観を比較したりと、“スピリチュアリティ”を基軸に想像を超える領域での考察を展開している。
 スピリチュアリティは宗教と一線を画すようであるが、宗教と世俗との橋渡し的な存在でもある。本書で取り上げられた人物たちに、宗教へのこだわりを持つ がゆえに、既存宗教を否定してスピリチュアリティを讃えるようになったような側面がみえることからも、表裏一体であることが伺える。

 さて、本書には当センターの葛西賢太研究員が「心霊現象と心理現象を分ける一線――マイヤーズ問題からみたユングの心霊観――」を寄稿している。マイヤーズ問題とは、心霊現象とは、本当に霊による現象なのか、それとも心的機能が作り出した現象なのかという証明困難な問題である。先述したフレデリック・マイヤーズが心霊現象を研究していたことから、彼の名前をとって名付けられた。このマイヤーズ問題をユングの心霊観に照らし合わせた本稿も興味深かったが、この問題は、現代のスピリチュアル・ブームに投げかけても良さそうなおもしろい題材である。昨今のスピリチュアル・ブームを、本書から得られた知見をもとに考えてみると、改めて見えてくるものもあるだろう。

 (宗教情報センター研究員 藤山 みどり)